鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

【東響】第717回定期演奏会 in サントリーホール

introduction

 今回は、【東響】第717回定期演奏会 in サントリーホールである。どちらも原曲があってそれを編曲したものを扱う。前半はシューマン交響曲第1番変ロ長調op. 38「春」であるが、グスタフ・マーラーが手を加えたものを使用する。私は原曲とマーラー版を両方とも聴いたことがあるが(CD音源)、基本的に大きく変わったところはない。しかし、第1楽章冒頭のファンファーレの音が大きく異なる。原曲の音はDである。ヘルベルト・フォン・カラヤンレナード・バーンスタインの演奏は原曲のD音の華々しいファンファーレによって幕をあける。この点について、「その結果このパッセージは、シューマンオーケストレーションの未熟さについて、特に自然ホルンについての知識不足を示す例として、これまで度々引用されることになった。ヴァリヴ・ホルンは1841年当時、まだ広く使用されてはおらず、ハンド・ストップによって作り出される二つの音(GとA)はくぐもって響いた。リハーサルでこのパッセージを聴いたシューマンは長3度高く、つまり最終高と同様にDで開始されるように書き直した。そしてこの訂正を書き入れる時間がないまま、自筆スコアはそのままに残されたのである。」*1とある。
 一方で、マーラー版は3度音を下げたB♭の音によるファンファーレである。こちらの方が少しバロックな匂いがする。マーラー版の演奏はリッカルド・シャイーライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏が比較的手に入れやすく有名である。あとは上述の通り、基本的に大きく変わるところはない。

シューマン:交響曲全集(マーラー編)

シューマン:交響曲全集(マーラー編)

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 シューマン交響曲第1番変ロ長調の聴きどころは全ての楽章に存在する。中でも、第2楽章の変奏曲的な美しさは素晴らしく、特に中間部においてチェロが主題を奏でるところはまさに注目すべきところといえよう。第1楽章と第4楽章の華々しい主題もまた素晴らしい。
 後半はブラームスシェーンベルク編曲):ピアノ四重奏曲第1番ト短調。私が数ある管弦楽の作品の中でもトップ10には入る作品である。特に第1楽章第1主題の木管楽器は十二音技法のような雰囲気をがある。第1楽章から第4楽章まで聴きどころ満載であり、天才アルノルト・シェーンベルクの手腕が発揮された作品である。第1楽章〜第3楽章はブラームス特有の重厚な弦楽器の響きが生かされており、特に第3楽章の弦楽器の美しさは正に弦の音色の濃厚さを究める。このような特性からシェーンベルクの弟子であるヨーゼフ・ルーファーは、シェーンベルクが冗談で『ブラームスの第5番』と呼んだ」といわれている。確かにそうだといわれればそんな気がするが、第4楽章のシロフォンが用いられている点はブラームスの音楽からは少し隔たりがあるように思え、私自身もこの作品を「ブラームス交響曲第5番」と呼ぶことには疑問である。しかし、石田一志先生が仰るように「音楽的にはブラームスの意図を深く読み取って、音色の変化や陰影、コントラストを徹底的に強化し、その情感を極限まで拡大しているのが、特徴である」*2と述べているように、ブラームス特有の情熱さ・重厚さというのは十二分に発揮されているものといえよう。
 今回の指揮者は東京交響楽団桂冠指揮者ユベール・スダーンである。ユベール・スダーンマーラー版のシューマンの担い手の一人である。そして、後半のブラシェンは以前小泉先生の渾身の指揮で実際に聴いている。色彩豊かで美しい音楽を作り上げるユベール・スダーンの演奏は小泉先生とは正反対に美しいブラシェンを響かせるのではないかと予想をしている。その時の小泉先生の演奏と以前聴いたユベール・スダーンの演奏の記事について参考までに掲載する。
law-symphoniker.hatenablog.com
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本日のプログラム

シューマン交響曲第1番変ロ長調op. 38「春」(マーラー版)

第1楽章:Andante Un Poco Maestoso

 冒頭B♭のトランペットとホルンが堂々としたファンファーレを鳴らした。原曲のスコアを確認したが原曲の方はトランペットとホルンを2本で演奏されていたが、今回はホルン4本だったように思う。プログラムの解説の方にも「第1楽章の冒頭(トランペットとホルンのユニゾン)でホルンの数を増やしたり」*3という記述がある通り、原曲よりも華々しさは劣るもののホルンの雄大な音色も相まって堂々としたファンファーレとなっていた。長い序奏部であるが、随所の金管楽器の華々しい音色と輝かしくシャープな弦楽器の音色が印象的だった。トランペットが弱い東響であったが、ファンファーレの音色は堂々としていた。
 呈示部においては「春」を告げるように軽快な音楽を奏でて進みゆく。スダーンの指揮棒を使わない撓やかな指揮によって生み出される音楽は春の暖かさと蝶々が舞うような絵に描いたような春を表現されていた。この日は12月なのに20度近くなり暖かい陽気となったが、まさにそのような陽気を表現するかのような音楽だった。第2主題は東響の木管楽器の音色が美しく、輝いていた。呈示部終結部は第1主題よりも華々しく金管楽器の音色が素晴らしいものだった。呈示部繰り返しあり
 展開部に入り、オーボエクラリネットが大きく旋律を奏でるのだが一際目立っており、東響の素晴らしい木管楽器の音色が冴えていた
 盛り上がって再現部に入るが、その盛り上がりの音圧も結構すごいものだった。トランペットの音色が弱いか心配であったが、そのようなこともなく華々しい音色が響いていた。何より、スダーンが楽しそうだったな。
 コーダも冒頭のファンファーレのように華々しく締めくくった。

第2楽章:Larghetto

 期待していた以上の美しさであった。東京交響楽団の弦楽器の音色と美しさは日本の桶の中でも随一のものであり、第2楽章の主題も楽しみにしていたのだ。
 しかし、中間部のチェロの主題は少し音が小さかったのが寂しかった。もうちょっと鳴らしても良かったのかな?
 尤も、弦楽器の澄み渡るような美しさと木管楽器の甘美な音色は印象的であり、顕在であった

第3楽章:Scherzo: Molto Vivace

 スケルツォ楽章。ふたつトリオがある。おそらく、「AーBーAーCーAーC(coda)」という構成になろう。
 第2楽章からアタッカで主部に入った。力強い主部だった。
 第一トリオは長調となり、明るい音楽へ変遷する。途中トランペットの華々しいファンファーレのような場面が2回ある。1回目のファンファーレは残念ながら音が弱かったが、2回目のファンファーレははっきりと堂々たる音色が響いていた。
 第二トリオは主部を引き継いだようだが、ニ短調ヘ長調へ変わっているかと思われる。スダーンの丁寧な指揮から生み出される音は柔らかく優しい音色が響き渡っていた。

第4楽章:Allegro Animato E Grazioso

 やはり、アタッカで第4楽章へ。第2楽章〜第4楽章まで全てアタッカであった。
 楽しげな呈示部第1主題はスダーンも楽しそうに指揮をしていた。軽快な第1主題とは裏腹に重厚さのある第2主題も重厚さを活かしつつ美しい弦楽器の音色が響いていた。呈示部の集結部は第1主題を合奏するのだが、マーラー版はトランペットも加わっており、ハイトーンの音色が華々しく鳴り響いていた呈示部繰り返しなし
 展開部。再現部前にホルンのソロ・パートがある。緊張感が漂ったが、見事なホルンの音色であった
 再現部を経て少し長いコーダへ。少しテンポを速めて時には力強い打点音を響かせており、最後の最後まで華々しい音楽でフィナーレを迎えた。スダーンのしなやかな指揮から生み出される音楽は優しくも温もりのある音楽であった

ブラームスシェーンベルク編曲):ピアノ四重奏曲第1番ト短調

第1楽章:Allegro

 冒頭。呈示部の陰鬱な木管楽器の第1主題が奏でられた。流石は東響といえよう。陰鬱ながらも木管楽器特有の甘美な音色の後に弦楽器の澄み渡る音色ながらも重厚感ある響きが冒頭から聴こえてきた。流石にベルリン・フィルとまでは言えないが、比肩するほどの美しさであることは確かであった。続く第2主題のチェロの音色も非常に素晴らしいものであり、東響サウンドで一度聴いてみたかった。第1楽章は木管楽器と弦楽器が大活躍するので東京交響楽団であれば十分に発揮できる作品なのではないだろうか。
 再現部かと思うような展開部である。美しい弦楽器の音色よりもフルートといった木管楽器の音色が非常に印象的だった。時にはピッコロが加わっているかのような天を突き抜けるような高音が印象的だった。繰り返される第1主題の同期であるがシェーンベルクのような不安定さもあるしブラームスのような哀愁さもある。
 再現部は第1主題の一部から再現される。長調に変わっており東響の繊細で美しい弦楽器の音色が素晴らしかった。しかし、その後第1主題を再現するのだが、重厚ある弦楽器の音色が非常に素晴らしいものだった。シンバルも加わって迫力を増す場面であるが、シンバルの音色は少し控えめであった。
 そしてコーダコントラバスやチェロといった低弦楽器が一気に緊張感のある場面へ変遷する。静寂な終わり方はいつ聴いても緊張するものだ。

第2楽章:Intermezzo. Allegro ma non troppo

 A木管楽器が哀愁漂うも美しく存在感のある音色を響かせていた。第1楽章の大きな曲とはやや対照的に間奏曲のような落ち着きである。実際に「Intermezzo」とあるから間奏曲なのである。随所に打たれるトライアングルの音色も良いアクセントとなっていた。
 B(トリオ)多少テンポを速める場面であるが一気に加速するわけでもなく多少速いテンポとなっていた。ラトルのような駆け抜けるような演奏ではなかった。しかし、やはり木管楽器と弦楽器の音色は印象的だった

第3楽章:Andante con moto

 A:待ってました第3楽章!冒頭の幕開けから重厚感あふれる弦楽器の主題によって始まるのである。東京交響楽団の演奏はやはりこの主題は素晴らしかった。ブラームス特有の重厚感を十分に引き出し、変ホ長調によって哀愁漂う音色を響かせたのである。変ホ長調は英雄の調と言われることもあり、ベートーヴェン交響曲第3番やリヒャルト・シュトラウス英雄の生涯」も変ホ長調である。しかし、英雄の調とは思わせないこの哀愁漂う重厚感ある主題はブラームスにしか描けないものだろう。スダーンと東響のコンビによる優しい音楽を目の前にしてそう思ったのである
 B:行進曲風。スダーンの指揮であるから爆発性は期待しなかった。しかし、シンバルや打楽器が加わるものであるから華々しさは素晴らしいものだった。トランペットも全面的に鳴らしておらず、優しい音楽がホール中に広がったという表現が適切なのだろう。ノット先生だったらこれはまた違った演奏なのだろうな。
 A:私は最終部のAが好きなのである。木管楽器と弦楽器が主題を形を変えて繰り返され、さらに盛り上がりも見せるのである。木管楽器が高らかに祈りを捧げるような高音を響かせた後のチェロからヴァイオリンに至る主題はいつ聴いても感動するのである。美しい東響サウンドによる第3楽章を実際に聴けたことは大きな喜びになったのである

第4楽章:Rondo alla Zingarese

 ロンド形式「A-B-A-C-展開部(B-C-A)コーダ(B-C-A)」という構成で述べる。
 A:小泉先生の時もそうだったが、第4楽章に入ったら音量が小さくなったような気がする。それはいいとして、早速弦楽器の目まぐるしい主題が始まるスダーンのテンポは決して遅くないが徐々に白熱した音楽となっていた
 B木管楽器の流れるようで目まぐるしい場面である。スダーンの新たな解釈かA→Bに移行するときに間があった。場面が移り変わる良いサインである。Aのはシロフォンが加わるが、Bではグロッケンシュピールが加わっており、はっきりとその音色も聞こえた
 A 再びこの場面。シンバルの音色はやや控えめ・
 C ついに来た!私はこの「C」が一番好きなのである。白熱した弦楽器というよりは美しい音色音色が思いっきり広がるに広がった。金管楽器の音色も全面的に押し出すようなものではなく、ステンドグラスのような輝かしい音楽が広がったのだ。前からスダーンのことだからそのような音楽になるだろうと期待をしていたが、やはりそのようになった。サントリーホールの中に様々な色のガラスに光が通したような輝きが広がった
 コーダ。クラリネットファゴットが哀愁漂う音色を響かせて一気に雰囲気をガラリと変える。その後にカデンツァのようなソロ・パート。しかし、それはあっという間に過ぎてテンポを速くして一気に集結部へ向かう。スダーンのブラシェンは迫力満点というよりかは中身の濃い充実した内容であった。

総括

 結論的に言えば、予想したような内容であった。迫力ある演奏というよりかは落ち着いて優しい音楽が展開されるだろうというものである。強ちその通りとなり、そのつもりで聴いていたので不満な点はない。
 一昨年にスダーンの演奏を聴いたが素晴らしい指揮者である。カール・ベームヴォルフガング・サヴァリッシュといった正統派の指揮者に属するような音楽であるが、地味ではなく華々しく優しい音楽を展開するのである。実際に、スダーンの自らによる解釈も盛り込んだ内容となっており、聴き比べることも可能とした。
 一昨年の様子は覚えていないが、本日はスダーンは踏み台を使わずに指揮をしていたのであるハイドン室内楽といった音楽であれば容易に想像つくが、シューマンはともかく、ブラシェンは三管編成+打楽器も加わるという決して小さい楽器編成ではない作品である。しかし、確かにスダーンの指揮を見ていたら踏み台は必要ない。多くの弦楽器パートと体を真正面にしてコンタクトを取っているのである。そして、時には指揮台から体を離して指揮をしていたこともあった。踏み台があれば落っこちてしまうだろう。
 指揮棒を使わない指揮法によって生み出される音楽は優しく温もりのある丁寧な音楽であった






↑当日の様子

前回のプログラム

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*1:リンダー・コーレル・ロェズナー(石川遼子訳)『シューマン 交響曲第1番変ロ長調〈春〉』(株式会社全音楽譜出版社、2005年)ⅴ頁

*2:石田一志『ブラームスシェーンベルクピアノ協奏曲第1番ト短調全音音符出版社、2012年)4頁

*3:『Symphony 2023年(令和5年)12月号(公益財団法人東京交響楽団、2023年)19頁[佐野旭司]