鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

今週のお題「私の好きな交響曲ランキング」

Ludwig Van Beethoven [1770-1827]

introduction

 今週在宅勤務ということもあって余裕があり、久しぶりにブログを書いてみよう思ったところ、今週のお題「私の〇〇ランキング」ということでこれをお題に書いてみようと思った。
 ということで、私のお題は「私の好きな交響曲ランキング」にしてみた。しかし、このお題にしたものの一つ懸念がある。それは、一つの作曲家に偏りすぎて「〇〇の交響曲ランキング」化しないかということだ。私自身幅狭く深く聴くタイプなのでその傾向にありがちなのである。そこで思い切って、同じ作曲家は選ばないということにした。例えば、ベートーヴェン交響曲をひとつ選んだら他はランキングに掲載しないということである。そして、執筆している今、どのようなランキングになるか全く予想していない(第1位を除いて)。
 結果どのようなランキングになるのか私自身楽しみでもある。そして、掲載した曲の推薦盤などがあったらそれも引用するつもりである
 以前、はてなブログ10周年記念というテーマをお題に「私が選ぶ好きな交響曲10選」を執筆したことがある。これは同一の作曲家から複数の作品を掲載しているので、今回のランキングとは異なるので、ご興味があったら参照されたい。
law-symphoniker.hatenablog.com

第1位:ベートーヴェン交響曲第第9番ニ短調《合唱付き》

 第1位は文句なしのベートーヴェン交響曲第第9番ニ短調《合唱付き》である。私自身クラシック音楽の中での最高傑作といえばこの作品であると思っている
 第1楽章から第4楽章の全て一部分を切り取っても素晴らしい。第1楽章の厳しく緊張感の漂う荘厳な音楽。第2楽章は第4楽章の一部分が垣間見えるような美しく軽快なトリオが印象的。第3楽章のアダージョ美しく清らかな音楽。そして、長大な第4楽章は声楽も伴う圧倒的な音楽。全ての魅力が詰まった最高傑作である。
 そして、言葉は悪いかもしれないが多少崩れたとしてもそれなりに形のある演奏になる構成も素晴らしい。とても耳が聴こえない作曲家が作った音楽とは思えない完成度の高さにはいつ聴いても驚かされるばかりである。


第2位:ブルックナー交響曲第5番変ロ長調

 人気のあるブルックナー交響曲といえば、第4番《ロマンティック》・第5番・第7番・第8番・第9番とある。特に第7番・第8番・第9番の3つの作品は、ブルックナーの中でも屈指の傑作とされる。個人的に第8番と第5番をどちらにするか迷うところであるが、やはり交響曲第5番変ロ長調を選んだ。
 その理由として、一番ブルックナーらしい作品だからだ。特に第4楽章のフィナーレは音楽的建造物という言葉が相応しいように、対位法を駆使した重厚な音楽が要塞のように聳え立っているのである。このフィナーレは圧巻であり、ブルックナーの魅力が詰まった作品である。一方で第8番は「宇宙」と表現されることもあるが、第5番は「要塞」の文言が相応しいのではないか。

第3位:マーラー交響曲第9番ニ長調

 マーラーは全ての交響曲が魅力的であるからどれを掲げようか悩んだ。結果、やはり最高傑作と称される交響曲第9番ニ長調に決めた。
 マーラー自身の「死」という概念に襲われながら作曲したという逸話もあり、第1楽章冒頭部分から不安定で不気味な音楽なのである。ニ長調というと、ベートーヴェンの『交響曲第2番』、ブラームスの『交響曲第2番』、パッヘルベルの『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ』*1と明るく、明快な音楽がたくさんある。しかし、交響曲第9番ニ長調は違う。不気味で不安定ということもあるから調性が安定せず、転調を繰り返したりしている。この「死」という恐怖から踠き苦しむ第1楽章の内容は実に濃い。一方で第2楽章と第3楽章は軽快な音楽であるし、第3楽章の途中はバッハの『管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068』の第2曲「エール (Air)」*2のような神秘的な場面さえ登場する。そして、第4楽章のアダージョマーラーの死を彷彿させるような音楽である。
 さらにこの作品をランキングに掲載した理由がもう一つある。この不気味で不安定な理由として調性が安定しないと前に述べた。これがのちに、新ウィーン楽派の時代を築き上げた作曲家の1人であるアーノルト・シェーンベルクが開発した『十二音技法』の起因となっている。このように後世に大きな影響を与えた作品でもあるということでラインナップした。

第4位:ブラームス交響曲第1番ハ短調


 ドイツ音楽を好む私にとってこの作品を外すことはできない。
 着想から完成まで約23年も要した作品である。当然のその内容は十分に濃いものであり、指揮者のハンス・フォン・ビューローベートーヴェン交響曲第10番だ」と評価したほどだ。
 特に第1楽章の迫力ある序奏部が印象的だ。ハ短調の音階で悲痛な叫びを上げるような上昇音階は一度聴いただけで頭に残る。そして、伝統的な古典形式の楽曲構成から離れて、第2楽章と第3楽章といった中間楽章の両方に緩徐楽章を置いたというのは、尊敬するベートーヴェンから離れたブラームスオリジナルの発想だと言える
 そして、第4楽章はハ長調へ変わり、最後は圧倒的なフィナーレで堂々と締めくくる。このハ短調ハ長調という「暗→明」と変化する作品は他に有名な作品がある。そう、あの有名なベートーヴェン交響曲第5番ハ短調である。ベートーヴェン交響曲第5番の構成はブラームスのこの作品に大きな影響を与えた作品である。
 特に、このブラームス交響曲第1番ハ短調ベートーヴェンには無いブラームス特有の弦楽器の重厚さが存分に堪能できる素晴らしい作品なのである。

第5位:フルトヴェングラー交響曲第2番ホ短調

 さて、指揮者として絶大な人気を誇るヴィルヘルム・フルトヴェングラーであるが、彼自身は作曲家でもあったのだ。
 ただ、指揮者として輝かしい実績を残しており、作曲家としてのフルトヴェングラーは影に潜んでしまう状況だった。その中で私はこのフルトヴェングラー交響曲第2番ホ短調はもっと評価されても良い作品では無いかとずっと思っている。ブルックナーのような構築性、ワーグナーのような壮大さといったドイツ音楽の要素が詰まっている大作である
 ただ、ラフマニノフ交響曲第1番と類似して全ての楽章が木管楽器によって幕を開けるのである。しかし、内容は濃いものであってブルックナー交響曲第5番のような緻密性さえ感じられるのである。全体として約80分程度ある作品であって全て聴き通すとなると相当の気力が必要ではある。もっとこの作品をコンサート等で取り上げられたら良いのになぁと思う作品である。

(上記は改訂版の演奏である)

第6位:ドヴォルザーク交響曲第9番ホ短調新世界より

 音楽室に飾ってある肖像画でお馴染みのアントニオン・ドヴォルザーク。その中でも最も有名なのがこの交響曲第9番ホ短調新世界よりではなかろうか。
 第2楽章のラルゴと第4楽章の冒頭部分は超がつくほど有名な作品である。クラシック音楽に馴染みのない方でもどこかで必ず聴いたことのある作品である。しかし、私が一番好きなのは第3楽章のスケルツォである。時にティンパニと火花を散らすような演奏もある一方で、木管楽器とチェロが甘美な音色を響かせる場面もある。このような多彩な顔をみせる第3楽章がこの中で一番好きな部分なのである。特にバーンスタイン/NYPとの演奏が火花を散らしたバチバチな演奏なので是非一度聞いてみていただきたい↓

第7位:ステンハンマル:交響曲第2番ホ短調

 さて、また聴いたことのない作曲家が登場してきた。スウェーデンの作曲家であるヴィルヘルム・ステンハンマルである。
 この曲と出会ったのは、現役世界界高齢指揮者であるヘルベルト・ブロムシュテット*3の主要なレパートリーのひとつである。
 第1楽章冒頭の勇ましい弦楽器の第1主題に惹かれ、その後の木管楽器が調和されてくるとブルックナーとは異なる北欧らしい清らかな音楽になる。そして、私が最も印象に残っているのが第3楽章である。古典派音楽のような雰囲気が垣間見えるドイツ・オーストリア的な要素があるからだ。モーツァルト交響曲第40番第3楽章やシューベルト*4交響曲第5番第3楽章の雰囲気が感じられる。
 聴いたことのないマイナーな作曲家であるが一度聴くとなかなか頭から離れない主題が印象的である。

第8位:モーツァルト交響曲第35番ニ長調《ハフナー》

 数多くの作品を書き上げたヴォルフガング・アマデウスモーツァルト交響曲も全て41曲あって、その中でも、第40番第41番二大巨頭と言っても過言ではないほどの作品である。
 しかし、私はモーツァルトの中で一番好きなのは、なんと言ってもこの交響曲第35番ニ長調《ハフナー》である。
 何よりも第1楽章冒頭からいきなり2オクターブ上がる幕開けが颯爽として気分が良いからである。そして、モーツァルトらしい溌剌とした明るい音楽であり、私の中でモーツァルトのイメージに一番違いこの交響曲第35番ニ長調《ハフナー》なのである。
 そして、第4楽章はAllegroではなく「presto」となっており、快速的テンポではなく急行や特急のようなテンポで演奏されるから尚更颯爽として気分が良いのである。最も尊敬する指揮者としてカール・ベームがいるが、ベームのテンポでは全然物足りない…。

第9位:グラズノフ交響曲第5番変ロ長調

 これまたマイナーな作曲家が出てきた。尤も、ある程度クラシック音楽に携わってきた方は聴いたことあるかもしれない。アレクサンドル・グラズノフというロシアの作曲家である。
 特に第4楽章が非常に激しく活発的な音楽が印象である。チャイコフスキー交響曲第4番第4楽章に劣るかもしれないが指揮者によっては破壊力満点の大迫力な演奏を展開することもある*5。特に最終部のフィナーレは圧巻の演奏である。一方で第1楽章冒頭の重厚感あふれる弦楽器のトゥッティもなかなか魅力的な場面である。
 ストレス発散にはもってこい?是非第4楽章の迫力ある演奏を聴いて気分爽快になっていただきたい。

 

第10位:ハイドン交響曲第88番ト長調


 フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは、交響曲の父」と呼ばれ数多くの交響曲を残した。その数は108番まである*6。数多くの交響曲の中には『哲学者』*7や『校長先生』*8といった少々変わった愛称がある。この交響曲第88番ト長調には『V字』という愛称が付されている。
 尤も、この作品は小規模なものでクラリネットトロンボーンといったベートーヴェン以降の作曲家ではよく使われていた楽器が除かれている。そのため、典型的な古典派音楽という印象がある。
 不思議とこのハイドン交響曲第88番ト長調ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮でしか聴いたことがない。
 爆速で狂人みたいな演奏を展開するヴィルヘルム・フルトヴェングラーであるが、第4楽章終盤のテンポはやはり異常なもので弦楽器が擦り切れてしまいそうな勢いでテンポである
 と思っていたら、レナード・バーンスタインがそれを上回るような演奏をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団としていたのである。そして面白いことに、指揮をしない指揮者となっている。4分弱の短い動画なので是非一度見ていただきたい。

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なお、上記の演奏は第4楽章のみアンコールの時の映像である。
フル動画は下記に掲載しているのでお時間があったら視聴していただけたら幸いである。

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*1:カノンで有名な作品

*2:「G戦場のアリアとして有名な作品

*3:2024年6月8日現在

*4:シューベルトはロマン派音楽の作曲家に位置付けられるが、作品の具体例として引用した。

*5:例えば、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮の演奏が挙げられる

*6:中には一部ハイドン作ではないと疑問が呈されているものも含まれている

*7:交響曲第22番

*8:交響曲第55番

【クラシック音楽の最高傑作】ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調《合唱》を聴く

Introduction

 今回は、ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調「第九」の名称で広く知られているクラシック音楽の数ある中で傑作といえる作品である。
 個人的に数ある交響曲の中で、ベートーヴェン交響曲第9番が最高傑作であると認識している。作曲当時、交響曲の中で合唱が組み込まれている作品は画期的であっただろう。このような音楽作品を「合唱交響曲と称する。ちなみに、初めて「合唱交響曲という用語を使用したエクトル・ベルリオーズだといわれている*1
 その後、合唱交響曲を作曲したものとして…

 以上が挙げられよう。もちろん他にもたくさんある。合唱が伴うとオーケストラも大きくなり、合唱も組み込まれ非常にダイナミックで迫力のある音楽が期待される。そのため、合唱が伴う作品はそのような醍醐味があるため、その日のコンサートで合唱交響曲を扱うとなるとその日は非常に楽しみで満ち溢れている。
 さて、この時期にベートーヴェン交響曲第9番ニ短調の記事を書いたとして、年末といえば第九だからである。実際に日本の各地のオーケストラがこの第九を演奏するのである。しかし、年末に第九を演奏するのは日本だけというのも驚きである。
 そして、ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調の逸話として以下の逸話が残されている。

 「参加者の証言によると、第九の初演はリハーサル不足(2回の完全なリハーサルしかなかった)であり、かなり不完全だったという示唆がある。ソプラノソロのゾンタークは18歳、アルトソロのウンガーは21歳という若さに加え、男声ソロ2名は初演直前に変更になってしまい(バリトンソロのザイペルトが譜面を受け取ったのは、初演3日前とされる)、ソロパートはかなりの不安を抱えたまま、初演を迎えている。さらに、総練習の回数が2回と少なく、管楽器のエキストラまで揃ったのが初演前日とスケジュール上ギリギリであったこと、演奏者にはアマチュアが多く加わっていたこと(長年の戦争でプロの演奏家は人手不足だった。例えば初演の企画段階でも「ウィーンにはコンサート・ピアニストが居ない」と語られている)、加えて合奏の脱落や崩壊を防ぐためピアノが参加して合奏をリードしていた。
 一方で、初演は大成功を収めた。『テアター・ツァイトゥング』紙に「大衆は音楽の英雄を最高の敬意と同情をもって受け取り、彼の素晴らしく巨大な作品に最も熱心に耳を傾け、歓喜に満ちた拍手を送り、しばしばセクションの間、そしてセクションの最後には何度も繰り返した」という評論家の記載がある 。ベートーヴェンは当時既に聴力を失っていたため、ウムラウフが正指揮者として、ベートーヴェンは各楽章のテンポを指示する役目で指揮台に上がった。ベートーヴェン自身は初演は失敗だったと思い、演奏後も聴衆の方を向くことができず、また拍手も聞こえなかったため、聴衆の喝采に気がつかなかった。見かねたアルト歌手のカロリーネ・ウンガーがベートーヴェンの手を取って聴衆の方を向かせ、初めて拍手を見ることができた、という逸話がある。観衆が熱狂し、アンコールでは2度も第2楽章が演奏され、3度目のアンコールを行おうとして兵に止められたという話が残っている。」 (下線部筆者)

 この逸話には少々否定的な見解も存在するが、耳の聴こえないベートーヴェンが聴衆の方を向いた時に拍手を見ることができた部分は実に感慨深いものがある。当時、交響曲等の作品の初演は作曲者による指揮で行うというものが慣例だった。
 最後に、このベートーヴェン交響曲第9番ニ短調であるが、名曲ということも相まってどの演奏も名演なのである。実に緻密に作曲されたのかが窺われる作品であるといえよう。したがって、評価番号は悩んだ末につけたものとなっている。

ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調

アンドリス・ネルソンスウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:8 演奏時間:約68分


第1楽章:Allegro Ma Non Troppo 冒頭、緊迫感のある雰囲気が漂う。そして、大変力強い第1主題が奏でられる。ネルソンスのどっしりとした体格から生まれる音は、どっしりとしている。ウィーン・フィルも相当の気合が入っているようだ。提示部第1主題から迫力満点の演奏に圧倒される。第2主題は、穏やかに木管楽器が奏でている。第1主題と比較して対照的に穏やかな雰囲気である。
 展開部に入ると、提示部第1主題の緊迫感が戻ってくる。テンポはあまり速くなく、むしろ標準的であるが、ひしひしと伝わる重厚感が凄まじい。ホルンの音色も聴こえてくるが、それよりも木管楽器やヴァイオリンといった高音の楽器がよく鳴っているのが印象的である。。
 再現部においては、提示部第1主題のような迫力が再び戻るのだが、破壊力抜群の圧倒的な燃え盛る第1主題にはつい力が入る。可能な限り、大音量で気聴いておきたい。提示部第1主題でも相当の迫力であったが、それをはるかに上回る再現部第1主題は圧巻そのものである。その後の第2主題は非常に穏やかになり、さらにニ長調に転調するため、非常に明るく先ほどの激しい第1主題はどこへやら。意外と、クレッシェンドの抑揚が強い点も特徴といえようか。
 コーダも相当な迫力であり、再現部のような迫力が再び襲いかかってくる。金管楽器も相当音量が出ているのだが、フルート等の木管楽器もしっかり鳴っている。圧倒的な音楽にも関わらず、バランスの良い演奏だ。

第2楽章:Molto Vivace 冒頭の幕開けは迫力満点。しっかりとしたテンポで進められていく。1音1音丁寧ながらも、しっかりと音を鳴らし、木管楽器が高らかに鳴り響く繰り返しあり
 トリオも、主部とあまり変わらないテンポである。途中のウィンナ・ホルンのソロは非常に雄大で美しい木管楽器は穏やかに明るく曲を彩る。途中ヴァイオリンが徐々にクレッシェンドになっていく箇所は一直線であり、かつ木管楽器が美しく鳴っていることがよくわかる。全体的に包み込むような、そんな音楽が堪能できる。
 そして、主部が戻り、力強い演奏が繰り返される。

第3楽章:Adagio Molto E Cantabile
 冒頭、非常に遅めのテンポで穏やかな木管楽器によって幕を開ける。主題部に入ると、ゆったりとしたテンポで美しい弦楽器が第1主題を奏でるウィーン・フィルの伝統的で美しい弦楽器はいつ聴いても美しいものだ。リヒャルト・シュトラウスもレパートリーとするネルソンスだからこそ、ロマン溢れる演奏をクリ酷げるのだろう。第2主題に入るとより一層美しさが際立ち、うっとりとしてしまう。
 第3楽章は、変奏曲と理解するのが一般的であるから、美しい主題が形や調性を変えて繰り返し演奏される。そして、ホルンのソロ・パートの後、流れる弦楽器の第1主題変奏が登場する。
 第3変奏において、8分の12拍子による流れるような弦楽器はやや抑えめ。しかし、木管楽器の音色が自然で美しく歌い上げる。弦楽器が主役となって演奏することが多いが、木管楽器の美しいハーモニーが堪能できる。
 終わりに近づくにつれ、途中金管楽器のファンファーレが登場する。どっしりとしたテンポで堂々と鳴り響くトランペットと、重厚感あるティンパニが印象的。しかし、張りのあるお手本のようなトランペットの音色である。
 あっという間の16分である。第4楽章へ。

第4楽章:Presto, Allegro Assai
 Presto。テンポは速くなく、どっしりとしたテンポで幕を開ける。フォルテ(f)の部分は迫力十分に、ピアノ(p)の部分は繊細な音楽を築く
 Allegro assaiコントラバスとチェロによって超有名な主題が奏でられるが、非常に小さい音である。やがて、ファゴットが甘美な音色を響かせる箇所に代わるが、弦楽器の音色が美しいウィーン・フィルの伝統的で美しい弦楽器が冴え渡る。そして、金管楽器が加わるのなんと華々しいのだろう。暗闇から一気に太陽の光が差し込み、希望か何か前進的な要素を窺わせる。テンポもそこまで速くなく、実に荘厳で天国のような雰囲気である。
 Presto; Recitativo "O Freunde, nicht diese Töne!"; Allegro assaiバリトン歌手(ゲオルク・ツェッペンフェルト)の登場し、いよ合唱が伴う。テンポが多少速くなり、随所に微妙なアクセントが加わり、メリハリのついた演奏である。ネルソンスの若さのエネルギーが湧出しているのだろう。徐々に迫力を増していく。トランペットの音色もすごい
  Allegro assai vivace (alla marcia)テノール歌手(クラウス・フロリアン・フォークト)のソロパートも標準的なテンポである。弾むように歌うフォークとは、このピッコロの可愛らしい音色と見事に調和している。多少合唱は抑えめのようである。
 非常に複雑で格好良い間奏の後に超有名な箇所に入る。合唱も大迫力であり、トランペットの音色がよく響き渡っている。テンポもやや快速的であり、力強く演奏されている
 Andante maestoso。荘厳なトロンボーンによって始まる。ただ、少し気になるのが合唱がやや抑えめであることだ。録音の状況なのか不明だが、合唱の荘厳さがやや欠けている印象である。壮大な超有名部分の後の荘厳さに期待するのであるが、やや物足りない印象
 Allegro energico e sempre ben marcato。こちらは、高らかにソプラノの音色とトランペットの柔らかい音色に加え、ホルンの雄大な音色も聴こえる。弾むように進められているのだが、ネルソンスの力強さが相俟って迫力ある荘厳さが繰り広げられている。ホルンの音色がしっかりと聴こえてくる。
 Allegro ma non tanto男声合唱と女声合唱が交互に歌う。これが聴こえるともう終わってしまうのか、といつも思う。さて、テンポはやや快速的であり、強い推進力で進められていく。もはや世界的指揮者として巧妙なアンドリス・ネルソンスの勢いが十分に伝わってくる。
 Presto; Prestissimo。いよいよ最終部。異様なほどにピッコロの音色が目立ち、トランペット等の金管楽器が叫びを上げる。ネルソンスの力強さがここにて爆発する。最後の最後まで力強さは健在であり、聴くこちらもつい力が入る。一番最後にピッコロが力んでいるところも必聴だ
 
 ウィーン・フィルを振ったベートーヴェン交響曲全集は、ドイツ・グラモフォンにはイッセルシュテットベームバーンスタインアバド、ラトルといった巨匠が振った全集がある。その中に、アンドリス・ネルソンスが加わっているのだからウィーン・フィルからにも認められたと言っても過言ではないだろう。
 ベートーヴェン・ファンならば、手許に置いておきたい一枚である。

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オトマール・スウィトナーシュターツカペレ・ベルリン

評価:10 演奏時間:約71分【当方推薦盤】


第1楽章:Allegro Ma Non Troppo 心地よいテンポによって、幕を開ける。そして、力強い第1主題が奏でられる。この幕の開け方は、今後の作曲家に大きな影響を与える。この第1楽章は迫力満点なのだが、カラヤンとは違う迫力さであり、楽器のそのものの音色が調和された心地よい迫力なのだ。ゴツゴツとした印象でもなく、ふんわりとした柔らかさでもない自然なスタイル。「古きよきドイツの伝統」とするスウィトナーの特徴が表れている。第2主題も美しい木管楽器が奏でられている。
 展開部の力強い低弦楽器がメインとなる部分においては、力まずそのまま一直線に進んでいく。しかし、盛り上がるにつれて迫力が増していき、強い推進力も現れるスウィトナーの虜になる。
 再現部においては、提示部第1主題のような迫力が再び戻り、さらに強烈なティンパニも加わる。自然なスタイルを基調とするスウィトナーであるが、時には燃えるような燃焼度の高い演奏も随所に聴こえる。その反面、第2主題は木管楽器が楽しく歌っているのである。実に素晴らしい演奏である。聴くたびに新たな発見がある。
 コーダも十分な迫力であり、ベルリン・フィルを彷彿させるような金管楽器も鳴り響き、相当な音量を持って締めくくる

第2楽章:Molto Vivace 快速的テンポで進められる。冒頭の幕開けは迫力満点。そして、弾むようなテンポでどんどん進んでいき、随所のティンパニも力強い。遅いテンポで力強い足取りで進めていく演奏もあるが、スウィトナーはそうではない。繰り返しあり
 トリオも、快速的テンポを維持して進められる。この木管楽器の可愛らしい主題とそれを支えるファゴットの刻みがたまらない。主部は早めのテンポ、トリオはゆったりとしたテンポで演奏されるものが多いと思うが、トリオは早い方が好み。このトリオの主題は快速的テンポで奏でられた方が爽快感が増すからである木管楽器が高らかに楽しそうに歌い、弦楽器が厚みを増していき一つの至高の音楽が誕生するスウィトナーの素晴らしい音楽が堪能できる。
 そして、主部が戻り、力強い演奏が繰り返される。

第3楽章:Adagio Molto E Cantabile さて、強い推進力を持つ演奏や、快速的テンポで進められてきたスウィトナーである。しかし、第3楽章は約17分と遅めのテンポで演奏される。冒頭、穏やかな木管楽器によって幕を開け、ゆったりとしたテンポで美しい弦楽器が第1主題を奏でる。本当に美しい。ただその一言だけで十分、という演奏である。第2主題も神秘的な美しさであり、時が経つのを忘れさせる。幸福な音楽とはこのような演奏をいうのか?
 第3楽章は、変奏曲と理解するのが一般的であるから、美しい主題が形や調性を変えて繰り返し演奏される。そして、ホルンのソロ・パートの後、流れる弦楽器の第1主題変奏が登場する。
 第3変奏において、8分の12拍子による流れるような弦楽器は非常に美しく、かつ、木管楽器の音色も自然で美しく、美しい音楽が折り重なって紡ぎ出される最高の音楽である。
 終わりに近づくにつれ、途中金管楽器のファンファーレが登場する。このトランペットも、自然な音色であり、耳をつん裂くような鋭い音色ではない。しかし、張りのあるお手本のようなトランペットの音色である。
 そして再び静寂になり、第4楽章へ。
第4楽章:Presto, Allegro Assai 迫力ある幕開け。その後の、レチタティーヴォにおいては、途中第1楽章第1主題が再び登場するなど、色々要素が詰まっている。自然な音色によって、冒頭部分が進められている
 そして、コントラバスとチェロによって超有名な主題が奏でられる。ここから、楽器が加わり、壮大な音楽へ変わっていくのである。コントラバス・チェロ→ヴィオラファゴット→ヴァイオリンと増えていくのであるが、どの楽器も非常に美しい音色を響かせる。テンポも標準的で素晴らしい。その後、トランペットの音色がが加わると神聖な雰囲気となり、天国にいるかのような美しさに感動する。第九ってこれほど美しい作品だっけ?
 バリトン歌手の登場し、いよ合唱が伴う。オーケストラの音色も自然で美しく、合唱も自然で美しい。特異な演奏もなく、安心感がある。ベームとは違った、これまた本格的な演奏といえよう。ソプラノの特徴的な高音もしっかりと響いている。
 テノール歌手のソロパートも標準的なテンポであり、合唱もメリハリがあり。非常に聴きやすい。その後、複雑な箇所となるが少しテンポを早めて快速的に演奏する。その後、超有名な合唱部分に入るが、力強いテンポに加え、随所に聴こえるトランペットが勇壮さを盛り上げる。合唱も力強い。
 その後、神聖なコーラスも天国にいるかのような壮大さである。
 最後に、Prestissimoに入る。早いテンポで突き進む。シンバルの音は控えめであり、オーケストラと合唱の一体感が確認できる。それにしても、トランペットの音色がよく響き、どこまで響いているのか。ベルリン・フィル顔負けである。
 最後も、トランペットが勇壮な音色を響かせて締め括る。
 ここまで満足度が高い演奏もそうそうないだろう…。手許においておきたい一枚である!

ヴィルヘルム・フルヴェングラー:バイロイト祝祭管弦楽団スウェーデン放送所音源)

評価:7 演奏時間:約76分


概説
 この演奏についてはあらかじめ言及しなければならないことがある。
 本演奏は、1951年のバイロイト音楽祭の録音であるが、この演奏については従来から論争があった。いわゆる、旧EMIレーベルより発売された演奏と、バイエルン放送音源の相違である。
 同じ1951年のバイロイト音楽祭についての演奏であるが、聴き比べると全く異なる演奏である。もっとも、第4楽章最終部の爆速はフルトヴェングラーによるものであることについて争いがないと思われる。しかし、随所異なる部分がある
 おそらく、どちらかが本番による演奏であり、どちらかがゲネプロによるものであるというのが従来の論争であった。
 そこで、今回取り上げるスウェーデン放送所蔵音源が従来の論争に決着をつけたのだ!。私の見解では、どちらかが本物であって、新たな音源が発見されたわけではないということだ。

第1楽章:Allegro Ma Non Troppo 演奏の前に、ドイツ語、フランス語、英語、スウェーデン語による「1951年バイロイト音楽祭バイエルン放送がリヒャルト・ワーグナー音楽祭(バイロイト音楽祭)のオープニング・コンサートをバイロイト祝祭劇場からドイツ・オーストリア放送、英国放送、フランス放送、ストックホルム放送を通じてお届けします。曲はヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮によるベートーヴェン交響曲第9番です。」という放送が入っている。

 冒頭、ゆっくりとしたテンポによって幕を開ける。そして、ゆったりとしたテンポで大変力強い第1主題が奏でられるフルトヴェングラー独特のテンポによって開始される第1楽章は異様な雰囲気が漂う。ただ、当時の放送をそのまま再現しているせいか、ちょっと音量が小さめ。ボリュームは大きめにしておくことが望ましい。第2主題も引き続き、遅めのテンポでゆっくりと奏でられている。随所にノイズが入っているが止むを得ない。
 展開部に入ると、提示部第1主題の緊迫感が戻ってくる。フルトヴェングラー特有の緊張感、暗さがよくわかる。低減楽器も聴こえるのだが、少々ヴァイオリン等の高音が目立つ印象である。テンポはそこまで速いのだが、独特の異様な雰囲気はフルトヴェングラーならではの空気感に包まれる。
 再現部においては、第1主題において十分な気合いが伝わり、フルトンヴェグラー特有の強烈なクレッシェンドによるティンパニは圧巻の一言。思わずのけぞってしまう。その後の第2主題はゆったりと穏やかに変わる。まるでベートーヴェン交響曲第6番第4楽章→第5楽章へと移り変わるようだ。
 コーダも相当な迫力であり、強烈である。随所ものすごくテンポを落としたりしており、約18分の第1楽章を終える。
 第2楽章まで1分近くあるのだが、それは当時の雰囲気を残すため、カットをしなかったことによる。

第2楽章:Molto Vivace 冒頭の幕開けはティンパニに穴があくくらいの強烈な音色。ヴァイオリンのアンサンブルが少しバラけている感じもするが…。あまりに気しないでおこう。少しノイズが気になる。繰り返しあり
 トリオは、微妙に少しずつテンポが遅くなっている。フルトヴェングラーの非常にわかりにくいとされる指揮法によって生み出される音楽は、緻密で独特な音色を響かせる。木管楽器の軽やかな音色と、遅いテンポによる重厚感あふれる弦楽器の音色を響かせる。この押し寄せる感じがたまらない。
 そして、主部が戻り、力強い演奏が繰り返される。

第3楽章:Adagio Molto E Cantabile 冒頭、遅めのテンポで穏やかな木管楽器によって幕を開ける。主題部に入ると、かなりテンポで美しい弦楽器が第1主題を奏でる。「爆速」とのイメージが強いフルトヴェングラーであるが、時には遅い演奏もするのである。実際に、この第3楽章は約19分かけて演奏しているのだ。遅めのテンポによる第3楽章もまた素晴らしい。フルトヴェングラー特有のクレッシェンドがよくわかる。しかし、これだけ遅いと演奏者も大変だろう…。
 遅めのテンポによるアダージョは弦楽器が美しく謳っている
 第3変奏において、8分の12拍子はかなり遅いテンポで進められていく。弦楽器の清らかな音色がしっかりと響き渡っている。遅いテンポだが急がず、音楽に身を預けて聴くべきである。それにしても、かなり遅い(笑)。
 終わりに近づくにつれ、途中金管楽器のファンファーレが登場する。トランペットの張りのある音色もしっかりと確認できる。当時の音色はどのような響きをしていたのだろうか。
 約19分と遅い第3楽章から第4楽章へ。

第4楽章:Presto, Allegro Assai
 Presto。標準的なテンポであるが、トランペットの音色がよく目立つ。低弦のレチタティーヴォが登場するのだが、フルトヴェングラー独特のアゴーギクが冴え渡る
 Allegro assai長い沈黙の後、非常に小さな音でコントラバスとチェロによって超有名な主題が奏でられる。やがて、ファゴットが甘美な音色を響かせる箇所に代わるが、やや弦楽器の音が大きくファゴットの音色が少し小さめになってしまった。しかし、しっかりと聴こえる。そして、金管楽器が加わるのなんとトランペットの高らかな音色が響き渡る。最初の低弦楽器の時から、徐々にテンポが速くなっている。
 Presto; Recitativo "O Freunde, nicht diese Töne!"; Allegro assaiバリトン歌手(オットー・エーデルマン)の登場し、いよ合唱が伴う。古い音源であるものの、しっかりと歌が聴こえる。音が大きい箇所はノイズは全く気にならず、オーケストラと合唱のハーモニーも難なく聴けるのが良い。合唱も相当の気合が入っているようで、熱量が伝わる
  Allegro assai vivace (alla marcia)テノール歌手(ハンス・ホップ)のソロパートは多少速めのテンポである。ノイズによって最初の音はほぼ聴こえない。ピッコロの音からだんだんシンバルの音しか聴こえなくなってくるが止むを得ないだろう(笑)
 非常に複雑で格好良い間奏の後に超有名な箇所に入る。途中、音量が一時的に小さくなる箇所があるが、「これはスウェーデン放送所蔵のマスターテープに起因するものです。中継放送をスウェーデン放送がテープに同時収録している際に起こったと思われ、『BIS』はその音を修正せずそのまま使っています。」とのこと。超有名な合唱箇所はフルトヴェングラーは多少速めのテンポで演奏する。活発的で溌剌とした第九は聴いていて心地よく、元気が湧いてくる。。
 Andante maestosoトロンボーンによって始まる。テープの影響か音量に波があり、荘厳なコーラスの部分はやや迫力がかけてしまった。しかし、相当な声量であることは十分に窺える。ボリューム調節を強いられるのがやや煩いとなってしまう。
 Allegro energico e sempre ben marcato。高らかに歌い上げるソプラノ等、やや速めのテンポで颯爽とかける。個人的にこの箇所ものすごい好きなのであるが、随所ティンパニが入ったりと美しさと力強さが相俟っているのだが、この点についても十分に伝わってくる
 Allegro ma non tanto男声合唱と女声合唱が交互に歌う。テンポは標準的であり、軽やかに演奏される。途中トランペットがやたら目立っている。どうしたんだろう?
 Presto; Prestissimo。いよいよ、最終部である。合唱は相当な声量が出ているのだろう、気迫がものすごい。そして、オーケストラの熱量もものすごいフルトヴェングラーの熱量恐ろしき。そして、注目の一番最後の部分は相変わらずの爆速であり、シンバルがずれてしまっているが、そんなのはお構いなし、超特急で締めくくる

 そして、第九では珍しく、終わってから数秒沈黙があって拍手となっている。ブラボーの嵐が凄まじい。当時の臨場感が伝わってくる。

 さて、フルトヴェングラーの「バイロイトの第九」論争に終止符をつけたといわれる演奏であるが、放送当時をそのまま忠実に収録したようである。そのため、ノイズ等があったりするが、当時のライヴ感よりかは、当時のラジオを聴いてる感覚と表現した方が正確だろう。したがって、音質の面から評価は「7」としたのである。
 最後にも、放送が収録されている。
 

ヴィルヘルム・フルヴェングラー:バイロイト祝祭管弦楽団

評価:10 演奏時間:約74分【当方推薦盤】

第1楽章:Allegro Ma Non Troppo 冒頭、雑音が目立つがゆっくりとしたテンポによって幕を開ける。そして、ゆったりとしたテンポで大変力強い第1主題が奏でられるフルトヴェングラー独特のテンポによって開始される第1楽章は異様な雰囲気が漂う。ただ、音質は大変素晴らしく、大迫力演奏が鮮明に聴こえる第2主題も引き続き、遅めのテンポでゆっくりと奏でられているスウェーデン盤にあった随所にノイズは全く気にならない程度に取り除かれている。そして、重要なのは3分14分あたりの観客の咳である。私が確認したところ、スウェーデン盤にも同じような箇所に同じような咳が入っていた。そうすると、本演奏が本物であると位置付けられる。緊張感ある提示部を鮮明な音色で楽しむことができる。
 展開部に入ると、提示部第1主題の緊迫感が戻ってくる。フルトヴェングラー特有の緊張感、暗さがよくわかる。低減楽器も重厚感あふれる音色と共に、ヴァイオリンの音色が折り重なってくる。テンポはそこまで速いのだが、独特の異様な雰囲気はフルトヴェングラーならではの空気感に包まれる。高らかに鳴り響くヴァイオリンが鮮明に聴こえ、それを支えるトレモロもはっきりと聴こえる
 再現部においては、第1主題において十分な気合いが伝わり、気迫溢れる弦楽器とともに襲いかかってクレッシェンドは実に恐ろしい。なお、弦楽器を中心に拾っているようであり、ティンパニはあまり目立たないものとなってしまった。その後の第2主題はゆったりと穏やかに変わる。まるでベートーヴェン交響曲第6番第4楽章→第5楽章へと移り変わるようだ。非常にテンポを遅くして落ち着いた印象を与える。
 コーダもテンポを遅して、圧倒的な音圧を持って襲い掛かる。随所ものすごくテンポを落としたりしており、約18分の第1楽章を終える。
 スウェーデン盤と異なり、第2楽章までの間はカットされている。

第2楽章:Molto Vivace 冒頭の幕開けは弦楽器は迫力ある音色を響かせる。気合の入った弦楽器が主部を力強く刻んでいく。スウェーデン盤にはノイズが気になったが、ここも全くと言って良いほどノイズが取り除かれている。繰り返しあり
 トリオは、微妙に少しずつテンポが遅くなっている。フルトヴェングラーの非常にわかりにくいとされる指揮法によって生み出される音楽は、緻密で独特な音色を響かせる。木管楽器の軽やかな音色と、遅いテンポによる重厚感あふれる弦楽器の音色を響かせる。ただし、ちょっとホルンの音色が小さめ。ホルンの雄大な音色がポイントとなるのだが、ちょっと残念だ。一方、弦楽器の音色はしっかりと聴こえてくる。遅めのトリオも良いものだ。
 そして、主部が戻り、力強い演奏が繰り返される。

第3楽章:Adagio Molto E Cantabile 冒頭、遅めのテンポで穏やかな木管楽器によって幕を開ける。主題部に入ると、かなり遅いテンポで美しい弦楽器が第1主題を奏でる。「爆速」とのイメージが強いフルトヴェングラーであるが、時には遅い演奏もするのである。実際に、この第3楽章は約19分かけて演奏しているのだ。遅めのテンポによる第3楽章もまた素晴らしい。フルトヴェングラー特有のクレッシェンドがよくわかる。しかし、これだけ遅いと演奏者も大変だろう…。
 遅めのテンポによるアダージョは弦楽器が美しく謳っている。そして、音質が非常に良好なことも相まって、弦楽器の美しさがよくわかる。
 第3変奏において、8分の12拍子はかなり遅いテンポで進められていく。弦楽器の清らかな音色がしっかりと響き渡っている。遅いテンポだが急がず、音楽に身を預けて聴くべきである。それにしても、かなり遅い(笑)。
 終わりに近づくにつれ、途中金管楽器のファンファーレが登場する。トランペットの張りのある音色もしっかりと確認できる。このトランペットの音色はどこまでも響いていきそうである。
 約19分と遅い第3楽章から第4楽章へ。

第4楽章:Presto, Allegro Assai Presto。標準的なテンポであるが、トランペットの音色がよく目立つ。低弦のレチタティーヴォが登場するのだが、フルトヴェングラー独特のアゴーギクが冴え渡る
 Allegro assai長い沈黙の後、非常に小さな音でコントラバスとチェロによって超有名な主題が奏でられる。やがて、ファゴットが甘美な音色を響かせる箇所に代わるが、やや弦楽器の音が大きくファゴットの音色が少し小さめになってしまった。しかし、しっかりと聴こえる。そして、金管楽器が加わるとトランペットの高らかな音色が響き渡る。迫力満点の演奏が繰り広げられる。最初の低弦楽器の時から、徐々にテンポが速くなっている。
 Presto; Recitativo "O Freunde, nicht diese Töne!"; Allegro assaiバリトン歌手(オットー・エーデルマン)の登場し、いよ合唱が伴う。古い音源であるものの、しっかりと歌が聴こえる。音質も非常に良好であるから、合唱の美しいハーモニーがよくわかる。合唱も相当の気合が入っているようで、熱量がより一層伝わる。また、フルトヴェングラー特有の思い切った強弱もよくわかる。
  Allegro assai vivace (alla marcia)テノール歌手(ハンス・ホップ)のソロパートは多少速めのテンポである。ノイズは全くなく、ハンス・ホップの迫力ある歌声とピッコロの音色もはっきりと聴こえる。シンバルとバスドラムの音色は確かに大きいが、他の楽器等をかき消すというほどではない。
 非常に複雑で格好良い間奏の後に超有名な箇所に入る。途中、スウェーデン放送音源では音量が一時的に小さくなる箇所があるが、この演奏では全くそのような場面はない。気をつけていないと、どこの部分かわからないほどだ。超有名な合唱箇所はフルトヴェングラーは多少速めのテンポで演奏する。大迫力の合唱とオーケストラが見事に調和され、言葉には言い表せない音楽が広がる
 Andante maestosoトロンボーンによって始まる。かなりビブラートを効かせているようだ。1951年と昔に録音されたものとは思えないほど、音質が良く、荘厳な合唱も十分に聴こえる。ボリューム調節も全く不要といえよう。
 Allegro energico e sempre ben marcato。高らかに歌い上げるソプラノ等、やや速めのテンポで颯爽とかける。個人的にこの箇所ものすごい好きなのである。引き続いて大迫力の合唱と、気合の入った金管楽器が鳴り響く。本当に素晴らしい迫力である。
 Allegro ma non tanto男声合唱と女声合唱が交互に歌う。テンポは標準的であり、軽やかに演奏される。スウェーデン放送音源では、途中トランペットがやたら目立っていたが、本演奏でも確かに目立つが一人歩きして昼ようなものではない。。特に違和感なく聴くことができる。
 Presto; Prestissimo。いよいよ、最終部である。合唱は相当な声量が出ているのだろう、気迫がものすごい。そして、オーケストラの熱量もものすごいフルトヴェングラーの熱量恐ろしき。そして、注目の一番最後の部分は相変わらずの爆速であり、シンバルがずれてしまっているが、そんなのはお構いなし、超特急で締めくくる。このシンバルがずれているのも、この演奏で確認することができる。

 なお、拍手はなし。

 上記の通り、バイエルン放送音源が本物の演奏と結論づけることができるだろう。スウェーデン放送音源は当時の放送をそのまま再現しており、ノイズ等が入ってしまったが、臨場感はこちらの方が上だろう。しかし、鑑賞とするには良好な音質であることが要求される。バイエルン放送音源は全くといって良いほどノイズは除去されており、各楽器もよく聴こえ、鮮明に聴こえるのである。
 したがって、この演奏はクラシック音楽好きにとっては必ず持っておくべき一枚であろう。

www.hmv.co.jp

*1:合唱交響曲 - Wikipedia

*2:作品35。「前奏曲 嬰ハ短調」作品3-2ではない。

【豪華絢爛な音楽的建造物】ブルックナー交響曲第5番変ロ長調を聴く

Anton Bruckner [1824-1896]

Introduction

概説

 いよいよ、ブルックナー交響曲第5番変ロ長調を書く時がきた。もし私にブルックナーの中でも最もブルックナーらしい作品は何か?」という問いを立てたら、この交響曲第5番と推薦する。第1楽章と第4楽章の荘厳で巨大なフーガはパイプオルガンのような響きであり、ブルックナー特有の重厚さが素晴らしいのだ。その結果、第2楽章と第3楽章の印象が少し薄れた印象でありが、第2楽章の副主題の美しさ、第3楽章の野生的な荒々しさがいい。全体的な充実さは交響曲第8番や第9番の方が優れているかもしれないが、ブルックナーらしさはこの交響曲第5番が最も出ているだろう。さらに、ブルックナーはこの交響曲第5番のことを「対位法上の傑作」と称したとされている。
 この作品は1875年12月14日に第2楽章から書き始められた。その後、同年3月3日に第1楽章を書き始め、4月17日にスケルツォ主部が終了し、6月22日にトリオが終了、その翌日である6月23日から1876年5月16日にフィナーレが完了した*1
 そして、ブルックナーといえば版の問題がある。特に交響曲第4番と交響曲第9番はいくつもの版があり、同じ曲でも多数の種類が存在し、混乱を招くことさえある。その原因として、その作品の初演の評判や自分自身の性格上の問題もあった。しかし、この交響曲第5番の初演はブルックナーは健康上の理由で居合わせることができなかったとされている*2。そのため、初演上の評判を知ることができなかった。さらにいうと、ブルックナーは生涯にわたってこの作品を実演を聞くことができなかったのである。その結果、ブルックナー交響曲第5番を改変することはなく、版の問題は生じなかったため、「ハース版」「ノヴァーク版」といった大きな問題点は生じなかった。また、1937年にロベルト・ハースが自筆稿を元に復元したスコアが出版され、その後1951年にレオポルド・ノヴァークが自筆譜の再検討を加えたものを出版したが、どちらも当たった資料は同じだったという理由もある*3。実際のところノヴァーク版はハース版の誤植を訂正したに過ぎない*4
 しかし、この交響曲第5番にはブルックナーの弟子であるフランツ・シャルクが改訂した「シャルク版」が存在する。そして、初演は1984年4月9日に弟子のフランツ・シャルクがこの交響曲第5番を指揮したが、その時に用いられたのはこの「シャルク版」であった。皮肉なことに初演の成功の様子はフランツ・シャルクがブルックナーに興奮気味で手紙を送ったが、その初演は弟子の「シャルク版」であった。しかし、この「シャルク版」はあまり評判は良くなく、オーケストレーションをロマン派的に書き直し、カットによって形式を破壊した「改竄版」という批判に晒され、演奏の現場からは姿を消すことになったのである*5。この「シャルク版」について最も著名な指揮者は、ハンス・クナッパーツブッシュである。この交響曲第5番だけではなく、あらゆるブルックナー交響曲は改訂版を用い続けてきたハンス・クナッパーツブッシュの演奏はブルックナーの作品を考察する上で非常に貴重な音源資料なのでもある。

参考文献

ベルナルド・ハイティンクウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:9 演奏時間:約77分


第1楽章:Introduktion. Adagio - Allegro 序奏部。遅いテンポで下降音階を奏でる。かなり遅いテンポであり、その後の金管楽器のコラールが待ち遠しい。意外にもウィーン・フィルにしては豪快で荘厳な金管楽器の響きである。やはりこのコラールは厳しい音色だけではなく教会のような残響の中で荘厳な金管楽器が鳴り響いているのが望ましい。それでこそ、音楽的建造物の入口に相応しいものといえよう。

 呈示部。標準的なテンポと比較して若干遅いテンポで壮麗に第1主題を奏でる。遅すぎるというわけでもないが慎重でしっかりとしたテンポで進んでいく。しかしながら、荘厳な金管楽器のハーモニーは素晴らしい。その後のピツィカートによる第2主題は第1主題と同様に慎重に緊張感を持ったテンポで進んでいく。そもそも、この第2主題を快速的テンポでぶっ放す演奏は聞いたことがない。そして、引き続き第3主題も同様にしっかりとしたテンポで進んでいく。しかしながら、時に流れるような美しい響きに豪華絢爛な金管楽器のハーモいーが素晴らしい。テンポを揺らさずに均一したテンポで進んでいく演奏であるが、どこか勢いと熱さを兼ね備えた演奏である
 展開部ウィンナ・ホルンの雄大な音色と繊細で美しいフルートの兼ね合いは流石のウィーン・フィルの演奏である。随所に聞こえる金管楽器のコラールも同様にパワーと重厚感のある演奏で素晴らしく、前面的に押し出すような演奏ではないところが尚更良い。このような演奏がブルックナー特有の重厚感を十二分に引き出しているのである。

 再現部。勇ましい第1主題は金管楽器の重厚感あふれる演奏と甘美なチェロ、繊細なフルートの音色が印象的。第2主題と第3主題は呈示部と同様の演奏である。

 コーダ面白いことに冒頭に比べてテンポがかなり速くなっており快速的テンポである。最後のフィナーレは金管楽器が輝かしく鳴り響いて締めくくる。
 
第2楽章:Adagio. Sehr langsam 主要主題は標準的なテンポ(気持ち速い気もするが)。気を衒うような演奏ではなく、一直線に進んでいく。この第2楽章は紆余曲折したような展開ではなく、直線的なアダージョであることを認識される。

 第2主題はさすがはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団というべき甘美で美しい音色が響き渡る。尤も、甘美だけではなく重厚さもしっかりと備わっている音色である。
 3回目の第1主題である。滑らかに弦楽器が畝り、木管楽器が甘美で懐かしいような音色を奏でる。そして、徐々に金管楽器が加わっていき頂点部を形成するのだがその過程が映画のクライマックスを迎えるような壮麗な響きであり、じっくり聴くと鳥肌が立つ。数回二つの主題を繰り返すのでこの頂点部に至るまでが長い。

第3楽章:Scherzo. Molto vivace (schnell) - Trio. Im gleichen Tempo 冒頭は標準的なテンポでしっかりと進んでいく。一方で第2主題に入ったらしっかりとした三拍子で一瞬ワルツを思わせるような雰囲気だ

 野生的なスケルツォであり、ウィーン・フィル金管楽器もこうとなれば迫力十分な演奏を繰り広げられる。そして、第1主題と第2主題のテンポの差はかなり開いており、対照的な演奏となっており私好みの演奏である。

 トリオ。標準的なテンポであり、第2主題を継承したような演奏である。後半の金管楽器が加わる部分はトロンボーンなどの低音楽器が力強く重厚な音色を響かせている。

第4楽章:Finale. Adagio - Allegro moderato 序奏部。第1楽章同様に標準的ながら重厚感あるテンポで進められている。

 呈示部。第1主題(フーガ主題)は同様にどっしりとしたテンポで進められており、重厚感ある演奏ながら緻密に構成された対位法の音楽が広がる。その後、第2主題は一息ついたような楽しげて愉快な雰囲気へ一変する。この弾むようなピツィカートと流れるようなウィーン・フィルの美しい響きが素晴らしい。そして、第3主題は厳しく、テンポも落としてより一層厳格さを極めた貫禄ある演奏である。第2主題の楽しさと美しさを兼ね備えた雰囲気はどこかへ吹っ飛んでしまったかのような迫力ある演奏である。その後の教会のようなコラールは迫力ある金管楽器が鳴り響く

 展開部。上記金管楽器のコラールの主題と第1主題(フーガ主題)の二重のフーガとなっており、複雑さを極めている。この精緻に構成された作品を難なく演奏しているウィーン・フィルは凄いが、あまり難解に感じさせない指揮をするハイティンクの手腕も素晴らしいものだ。快速的テンポでもなく遅いテンポでもなく、誤魔化しの効かないテンポによって進められていくと、この曲の難解さと精密さがわかる。

 再現部。呈示部と同様の演奏であり。特にどっしりとしたテンポで奏でられる第3主題は迫力十分であるし、なんといっても力強さがある。楽器の音量を上げるだけではなく、テンポによるだけでも印象はだいぶ変わるものとなる。

 そして、いよいよコーダとなる。壮大なフィナーレの前に少しだけテンポを落とした。ここはそのままの勢いでフィナーレに突入した方が格好良いに思う。しかし、フィナーレは重厚感あふれる金管楽器と若干遅いテンポによって奏でられる演奏は実に素晴らしい。途中トランペットのhihiB♭もハッキリと聴こえてくる。壮大で実に輝かしいフィナーレは圧巻の美しさと荘厳さを兼ね備えた素晴らしい音楽的建造物を建立した

オイゲン・ヨッフムロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

評価:6 演奏時間:約76分【中野雄先生推薦盤】*6


第1楽章:Introduktion. Adagio - Allegro 序奏部。遅いテンポで下降音階を奏でる。かなり遅いテンポでありこの後に何か巨大な何かが襲いかかるような予感である。その後、ヨッフムらしい厳しい金管楽器のコラールが鳴り響く。コンセルトヘボウ管のせいか、アメリカらしいドライなトランペットの音色である。
 呈示部。序奏部と比較してかなりテンポを上げている。前回のマゼールのテンポよりも快速的である。しかし、随所に気になる強烈なクレッシェンド。これが一体何を意図しているのか…。その後のピツィカートによる第2主題はテンポを一気に遅めて慎重に演奏しているようだ。そして、第3主題であるが、第2主題の流れをそのまま引き継ぐように大きう流れるような壮大さである。ただし、頂点部に近づくにつれてテンポを速めていく。このテンポを速める動きが演奏自体に勢いを齎している
 展開部。録音の影響かホルンやフルートの掛け合いよりも弦楽器のトレモロがはっきり聴こえる。しかし、金管楽器のコラールは迫力があるのだがどうも重厚さに欠けるのが気になってしょうがない。厳しい音色はヨッフムらしいのだが、どうもこの音は好きになれない。もっとも、トロンボーンといった低音金管楽器の音色は重厚感あって素晴らしい
 再現部。勇ましい第1主題はいつ聴いても壮観である。ただ、やや単純な第1主題であり、あまりに速いテンポで演奏すると実にあっけなく聴こえるものである。呈示部同様に第1主題と比較してゆったりなテンポで第2主題を奏でている。第3主題も相当速いテンポで演奏されている。
 コーダ。呈示部第1主題よりも速いテンポで一気に畳み掛けるような勢いである。あまりの速さに圧倒される。

第2楽章:Adagio. Sehr langsam 第1楽章のように遅いテンポで幕をあける。ゆっくりと進んでいく主要主題である。弦楽器の音色も優しく穏やかな第2楽章を彩っている。第1楽章の時もそうだがコンセルトヘボウ管の弦楽器の音色は澄み切るようなサウンド
 第2主題も非常に遅いテンポで美しく弦楽器が清澄な音色を響かせている。どの交響曲もそうだがブルックナーアダージョは美しいものだ。その後の何回か第2主題が繰り返され、金管楽器が登場する箇所もあるのだが非常に硬質な音楽である。
 上記のように私自身がオイゲン・ヨッフムについて肯定的な立場ではないのでどうしても気になるところは気になる。しかし、前向きに聴いてみると硬質な金管楽器のコラールこそがブルックナーの重厚感ある音色に相応しいのではないかと再考することもある。
 第2楽章の中で注目すべきところは3回目の第1主題である。なんと、チェリビダッケを彷彿させるような極めて遅いテンポである。非常に息の長い第1主題が奏でられており、頂点部を形成すると厳しい金管楽器の音色であるが壮麗なコラールが鳴り響いている。この遅いテンポによって奏でられる頂点部はやがて朝を迎えるような輝かしいものである。
 そのまま静かに第2楽章を終結する。

第3楽章:Scherzo. Molto vivace (schnell) - Trio. Im gleichen Tempo 第2楽章の頂点部とは対照的に速いテンポで一気に駆け上がる。一方で第2主題に入った途端に楽譜通りに急激にテンポを落としてしっかりとした三拍子を形成している。
 第1主題は快速的テンポで一気に駆け抜けて野生的さを全面的に押し出して演奏する方がよかろう。ブルックナースケルツォは些か野生的な方が望ましい。そのような意味でヨッフムのような強烈な第1主題はうってつけの演奏といえよう。そして、舞踏会の優雅さも垣間見える第2主題は第1主題とは真反対の演奏の方が良いように思う。この第1主題と第2主題は実に対照的に捉えた演奏の方が私好みである
 トリオ。主部の第2主題を継承したような演奏である。優雅さもあるのだが張り詰めた弦楽器の音色街印象的なのである。トリオ後半部の金管楽器の場面は今までの演奏と比較して若干抑えめの演奏である。

第4楽章:Finale. Adagio - Allegro moderato 第1楽章同様に緊張感のある序奏部を演奏する。
 呈示部。第1主題(フーガ主題)はどっしりとしたテンポで勇ましく奏でられているブルックナーの対位法が駆使された第1主題である。その後、第2主題も比較的ゆったりとしたテンポで穏やかに演奏されている。それにしても何度も繰り返し述べているが張り詰めた弦楽器が印象的である。そういった意味でこの第2主題はコンセルトヘボウ管の弦楽器を堪能できる箇所でもある。そして、再び厳しい第3主題が奏でられる。思ったよりも金管楽器が前面的に出されておらず、それよりも緊迫した弦楽器の音色が印象的である。しかし、第3主題全体と通してかなりの急加速であり、勢いを与えている。その後、金管楽器のコラールは教会のような荘厳さに近しいところがある。しかし、厳しい音色である。第3主題〜展開部前はヨッフムの繊細な音楽作りが垣間見える場面でもあった。
 展開部。上記金管楽器のコラールの主題と第1主題(フーガ主題)の二重のフーガとなっており、複雑さを極めている。ヨッフムとコンセルトヘボウ管はこの複雑な二重フーガをじっくりとしたテンポで進められている。張り詰めた弦楽器の折り重なる第1主題と厳しい音色を響かせる金管楽器が折り重なった複雑なフーガだ。しかし、なんとなく立体的構造が見出せないのだが…。
 それもしても、急激なテンポの変化がなく直線的な展開部である。急激なテンポの変化で目まぐるしい演奏を展開する演奏もある*7のだが、やはり直線的な演奏の方が似合っている。
 再現部。第1主題は極めて短く、気がついたら第2主題の再現となっている。再現部第2主題も呈示部同様に軽快に奏でられている。そして再び厳しい第3主題の再現が始まる。少しずつテンポを速めて第3主題に突入。厳しい金管楽器が吠えるような強烈な音色と強烈なテンポによって一気に追い上げるヨッフムの強烈な煽りが印象的である。今後そのままかなり速いテンポで続いていく。
 そして、いよいよコーダとなる。テンポを緩めることなく壮大なコーダを展開する。尤も、コーダに入った後はテンポを落として(標準的)壮大で厳しい金管楽器のコラールが鳴り響く。しかし、金管楽器の中でもトランペットの音色が強烈な音色だ。ギンギラギンとしたコーダを形成し終えた後に、強烈にテンポを落として締めくくる。最後のティンパニのクレッシェンドも強烈だ

ロリン・マゼールウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:7 演奏時間:約76分


第1楽章:Introduktion. Adagio - Allegro 序奏部。静寂の中、低弦楽器のピツィカートの響きの後の弦楽器のハーモニーが神聖なる雰囲気を醸し出す。その後に迫力ある金管楽器のコラールが鳴り響くのだが少々音が軽い。しかし、力まず自然な力感でのコラールもまた荘厳で素晴らしい。テンポも至って標準的。
 呈示部。弦楽器が甘美な音色で第1主題を歌い上げる。マゼールといえば特異な演奏をすることもあるが、この第1主題至って自然な音色である。続いて弦楽器のピツィカートが奏でる第2主題も弾みのあるテンポで軽快に進められていく。聴いていて違和感がなく、自然な演奏である。その後の第3主題も流れるような美しさと迫力が素晴らしい。盛り上がっても耳が痛くならない金管楽器の音色と心地よい重厚感のある音色が印象的だ
 展開部。非常に繊細な弦楽器のトレモロと共にホルンとフルートが対話を始めるのだが、その繊細さに緊張が走る。その後は、呈示部第1主題の要素が多用されるが呈示部と同様に自然体な音色によって奏でられている。ウィーン・フィルの甘美な音色が響き渡る美しい展開部である。展開部後半部では金管楽器が何度も第1主題を繰り返すが重厚な響きと自然な音色が折衷されたハーモニーはブルックナーの作品の素晴らしさを十分に引き出しているといえよう。
 再現部は呈示部よりも短く再現される。やはり第1主題が繰り返されるが金管楽器の音色が自然ながらも荘厳な響きで素晴らしい。録音環境も良いのか、残響も心地よい。やはり、第1主題はこう荘厳で勇ましく奏でられなければならない。典型的なソナタ形式の通り、第1主題→第2主題→第3主題と奏でられる。決して弱くない金管楽器がやはり印象的だ。
 コーダもやはり第1主題が何度も反復される。反復さながらも頂点部へ向かう様子はいかにもブルックナーらしい。荘厳な金管のコラールが鳴り響く中、堂々と締め括られるコーダも素晴らしい内容
第2楽章:Adagio. Sehr langsam もの寂しげなオーボエが第1主題(主要主題)を奏でる。気のせいかピツィカートが多少強い気もするが…。気のせいということに留めておこう。
 その後に、美しい第2主題が奏でられる。堂々と弦五部が奏でられる第2主題はいかにもブルックナーらしいアダージョである。バッハといったバロック音楽のような繊細的な美しさではなく、重厚感のある美しい音楽なのである。マゼールウィーン・フィルの演奏ももちろん重厚感のある音色を響かせながら第2主題を奏でられている。やはり、弦楽器が美しいオーケストラでこの第2主題聴きたいものだ。この第2主題は第1主題よりも長く、やがては金管楽器も交えて発展していくのだが神秘的な美しさを感じる。
 そして、もう一度第1主題と第2主題を繰り返すのだが、第2楽章の中で注目すべきところは3回目の第1主題である。弦楽器が6連符を滑らかに奏でながら木管楽器が第1主題を奏で、やがては金管楽器も加わって発展していく様子は、後作の交響曲第7番ホ長調第2楽章177小節へ向かう階段のようである。本演奏は、流れるようなテンポで弦楽器が6連符を滑らかに奏で、木管楽器の音色が第1主題を奏でていき、金管楽器が加わると壮麗な音色が一面に広がる。金管楽器が弦楽器の音色等をかき消すこともなく、自然な響きが調和された美しい第1主題である。もちろん、荘厳さも十分に発揮されている。
第3楽章:Scherzo. Molto vivace (schnell) - Trio. Im gleichen Tempo 野生的なスケルツォ。標準的なテンポで荒々しく第1主題を奏でる。その後、テンポを落として第2主題を奏でる…はずなのである
 一番最初にこのロリン・マゼールの演奏を聴いていたから感覚が麻痺していたようだ。第2主題は「Bedeutend langsamer(テンポをかなり落として)」という指示がある。やがて(その2)を執筆する予定であるが、他の演奏はかなり遅く第2主題を演奏している。マゼールの第2主題はかなり速いテンポで演奏されていたのだ。ほぼ第1主題のテンポと変わらずに演奏される第2主題もまた面白いし、悪くはない
 トリオは野生的な主部とは異なり、可愛らしい印象を与える。テンポも遅くなっており、優雅なワルツのような3拍子で歌い上げる。後半部では金管楽器が迫力ある音色を奏でる箇所があるが、マゼールの演奏は上記のように自然な音色を貫いている。
 そして、もう一度主部が繰り返される。
第4楽章:Finale. Adagio - Allegro moderato ほぼ第1楽章の繰り返しのようなものだ。そして、序奏部では第1楽章・第2楽章・第3楽章を再現するが、この手法はベートーヴェン交響曲第9番第4楽章冒頭に由来するものである。
 そして、第1主題(フーガ主題)が勇ましく奏でられている。ブルックナーの対位法が駆使された第1主題である。その後、第2主題は快速的テンポでスイスイと奏でられている。厳しい第1主題の一方で、第2主題は優しく軽快な雰囲気で演奏されている。若き天才ロリン・マゼールが名門ウィーン・フィルは見事に操って違和感のない緩急自在な呈示部を形成している。そして、再び厳しい第3主題が奏でられる。金管楽器の迫力ある第3主題と畝る重厚感のある弦楽器の響きが見事であり、聴く方に興奮を与える。その後、金管楽器のコラールは迫力ある音色で奏でられている。この部分は指揮者によって大きく異なる。教会のような静けさを意識したものや、金管楽器を全面的に押し出したような強烈な音色を奏でるような演奏もある。マゼールはどちらかというと後者に位置付けられる
 展開部はブルックナーの対位法が駆使された場面となっている。上記金管楽器のコラールの主題と第1主題(フーガ主題)の二重のフーガとなっており、複雑さを極めている。マゼールウィーン・フィルはこの複雑な二重フーガを難なく演奏されており、複雑さを忘れるほどの自然な仕上がりには驚きの演奏だ。重厚感のある金管楽器と高らかな音色を響かせる弦楽器の音色がハッキリとしている。この展開部は言葉ではいい表すことが難しいほど精緻な構成で作曲されている。尤も、この展開部はかなり長い。
 再現部の第1主題は極めて短く、気がついたら第2主題の再現となっている。再現部第2主題も軽快に奏でられている。やはり、ウィーン・フィルの滑らかで美しい弦楽器の響きは世界一だろう。そして再び厳しい第3主題の再現が始まる。金管楽器の荘厳で迫力のある音色はいかにもブルックナーらしく素晴らし音色であるとともに、第1楽章第1主題も金管楽器によって奏でられている。この重厚さこそがブルックナーの音楽なのである。
 そして、いよいよコーダとなる。多少テンポを落として幕を開ける壮大なフィナーレが始まる。荘厳な金管楽器によって奏でられる第1楽章第1主題は何度聴いても感動する。まるでパイプオルガンのような立体的音楽に幾多の楽器が組み合わされた精緻で壮大なフィナーレはまさにブルックナー「対位法の傑作」といえよう。マゼールの演奏もどっしりとしたテンポで進んでいき、金管楽器が荘厳なコラールを響かせて圧倒的なフィナーレを形成している。特に最後の最後の和音の前にティンパニがややクレッシェンドがかけられている点は注目に値しよう

尾高忠明大阪フィルハーモニー交響楽団

評価:8 演奏時間:約71分


law-symphoniker.hatenablog.com

 ブルックナーといえば終演後の熱狂的な拍手が一つの楽しみであるが、拍手は残念ながら収録されていなかった。

*1:音楽之友社編『作曲家別名曲解説ライブラリー⑤ブルックナー』(音楽之友社、1993年)74頁[根岸一美]

*2:ハンス・ヨアヒム=ヒンリヒセン(髙松佑介訳)『ブルックナー交響曲』(春秋社、2018年)137頁

*3:脇田真佐夫「セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団のライナーノーツ」(ALT138/9)19頁

*4:前掲注1・75頁

*5:脇田真佐夫「ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー/読売日本交響楽団のライナーノーツ」(ALT411)3頁

*6:宇野功芳ほか『クラシックCDの名盤』(文春新書、1999年)116頁〔中野〕

*7:例えばペータ・マーク指揮・東京都交響楽団の演奏。

【ゴージャスな美】ブラームス交響曲第1番ハ短調を聴く

Johannes Brahms [1833-1897]

Introduction

 今回は、ブラームス交響曲第1番ハ短調ブラームス交響曲の中でも最も有名な交響曲といえよう。
 もっとも、第1楽章冒頭の迫力ある悲痛な叫びのような序奏は初めて聴いた時、雷に打たれたような衝撃が走ったことを強く記憶している。その時の演奏が、叔父の所有しているカラヤンベルリン・フィル(DG)の演奏だった。
 第1楽章から非常に中身の濃い曲であり、ブラームス特有の濃厚さが詰まっている。
 そして、第2楽章・第3楽章の流れるように落ち着いた美しさもブラームスの特徴のひとつといえよう。古典的な交響曲は、第3楽章にスケルツォを置くことが多いのだが、本曲は第2楽章に続いて第3楽章も緩徐楽章なのである。ある意味、新しい第3楽章ともいえよう。
 なんと言っても、最終章である。長い序奏部のあとの、提示部第1主題は第4楽章のなかで最も重要な主題であり、印象深いものである。

 第1楽章の暗さ→第4楽章の明るさというわかりやすい構造であるが…類似した構成の曲がブラームス交響曲第1番の前にすでに登場しているのである。それが、ベートーヴェン交響曲第5番である。ブラームスベートーヴェンの影響を強く受けていることが推定されよう。
 そして、ブラームスは、ベートーヴェンの9つの交響曲を意識するあまり、管弦楽曲、特に交響曲の作曲、発表に関して非常に慎重であった。通常は数か月から数年とされる作曲期間であるが、最初のこの交響曲は特に厳しく推敲が重ねられ、着想から完成までに21年という歳月を要した*1
 また、ハンス・フォン・ビューローは、この曲をベートーヴェン交響曲第10番」とも評価した。近時、この評価の仕方について様々な意見が出てるところだが、ブラームス交響曲の中も素晴らしい作品であることについては異論はなかろう。

ブラームス交響曲第1番ハ短調

カルロ・マリア・ジュリーニウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:10 演奏時間:約51分【当方推薦盤】


第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro 重々いテンポに加えて崇高な弦楽器が悲劇的に美しく響かせながら幕を開けるジュリーニは基本的にスローテンポの指揮者であり、序奏部もテンポを遅めてスケールの大きい演奏を繰り広げる。序奏部からジュリーニの特色が存分に表れている。提示部に入っても、第1主題は遅めのテンポでスケールの大きな演奏を繰り広げるブラームスのような濃厚な音楽は遅めのテンポの方がより濃厚な演奏となる。第2主題はスラーの部分も弦楽器が美しく奏でられ、非常に美しい音楽である。濃厚な音楽であるブラームスの音楽をここまで迫力満点に襲いかかる演奏は大好きである。提示部繰り返しなし
 展開部に入ると、ミュンシュとは異なり、柔らかく美しい音楽が広がっている。ウィーン・フィルの伝統的な甘美な音色とジュリーニのテンポによる相乗効果はすごいものだ
 再現部もじっくりとしたテンポ。
 コーダは美しく幻想的に締めくくる。提示部繰り返しなしでも、約16分の演奏。

第2楽章:Andante Sostenuto こうなると、第2楽章の美しさはどのようになるのか、楽しみでしかない。ウィーン・フィルの伝統的な甘美な音色が極めて美しい。各弦楽器の美しさがミルフィーユのように積み重なり、実に幸福感をもたらす美しさである。
 動きのある中間部を経て、コンサートマスターが活躍する場面に入る。ヴァイオリン・ソロの透き通るような繊細な音色と、ウィンナ・ホルンの雄大な音色が安らかに奏でられ、これまた美しいミュンシュのやや固い音色とは正反対に、柔らかく美しい空間、音楽を提供する。ジュリーニの美しい音楽作りが際立つ第2楽章である。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso クラリネットが柔らかく、甘美な音色を響かせる。第3楽章はそこまでテンポは遅くなく、標準的(か若干遅い)なテンポである。途中「タタタターン」というリズムが出てくる箇所があるのだが、木管楽器の柔らかな音色と、弦楽器の美音のシャワーが実に印象的。スケールの大きい演奏を続けるものだから、第3楽章のゆったりとした演奏も素晴らしい。本当に弦楽器の音色が美しく、迫力ある

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro いよいよ、第4楽章である。ジュリーニはこの第4楽章を約20分で演奏する。大抵第4楽章は17分〜18分で演奏されるから、ジュリーニのスローテンポがこの演奏時間から伺われる。
 第1楽章の冒頭を彷彿されるような重々しい序奏部分である。序奏部分第1部はスローテンポによって弦楽器の美しさと濃厚さが十分に引き出されている。第2部は雄大アルペン・ホルンが演奏される場面に入るが、まるでリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」聴いているかのような自然で雄大な音色が広がっている。その上、テンポが遅いものだから非常にスケールの大きい音楽となっている。
 そして提示部に入り、若干の静寂があり、かの有名な第1主題が奏でられる。「おお、なんて美しい出だしなんだ!」ゾワゾワとくるG音が早速体中に感動の響きが伝わる。濃厚な弦楽器が折り重なった素晴らしい時間であり、至高の弦楽器のミルフィーユが完成した。その後の木管楽器も明るく、楽しげに演奏される。その後、金管楽器が加わっても遅めのテンポで、しっかりとした音楽が続いていく。再現部に入る前にグッとテンポを落とし、第1主題が我こそはと堂々と登場し、美しい主題がまた戻ってくるのである。木管楽器の繊細な響きの後にさりげなくG音が入ってくるが、その響きも素晴らしく思わず涙が出そうになるほどの美しさにただただ感動。ジュリーニの素晴らしさはこの点にあるのだろう。そして、コーダに入る。相変わらずのスローテンポであるが、相変わらずの弦楽器の美しさである。最終部に入ればスケールの大きさに圧倒される。最後の最後まで美しい演奏を繰り広げ、長いハ長調の和音で締めくくる。
 ジュリーニが作り出したスケールの大きく、美しさに満ち溢れたブラームスは必聴に値するものといえよう。

シャルル・ミュンシュ:パリ管弦楽団

評価:8 演奏時間:約48分宇野功芳先生推薦盤】*2


第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro 重々いテンポに加えて張りのある厳格な音色によって、幕を開ける。独特の強弱とテンポの揺れがミュンシュの特徴であるが、序奏部分からすでにその要素が現れている。序奏部から凄まじい迫力である。提示部に入っても、第1主題はミュンシュによる力一杯の演奏によって奏でられる。第2主題はスラーの部分は弦楽器が美しく唸り、キレのある部分は迫力満点。濃厚な音楽であるブラームスの音楽をここまで迫力満点に襲いかかる演奏は大好きである。提示部繰り返しなし
 展開部に入ると、提示部第1主題メインとなり再び迫力ある音楽が登場する。とにかく弦楽器の音色がものすごい重厚で襲いかかってくるのであるミュンシュという指揮者は恐ろしいものだ。展開部に入ると「タタタターン」というモチーフ(特にティンパニ)が聴こえるが、これは運命の動機とも解されている。
 再現部も提示部第1主題同様に鬼気迫る迫力。
 コーダはテンポを遅くしながらも迫力は維持され、美しく安らぐように締める。

第2楽章:Andante Sostenuto 第1楽章の重々しさから一変して安らぎの第2楽章である。美しい弦楽器であるが、低弦楽器の重厚さがものすごい伝わってくる。とてもスケールの大きい演奏である。
 中間部オーボエも美しビブラートを奏で、それを美しく重厚な弦楽器が支える。ちょっとやや固い音色である点が気になるが、聴いていて非常に癒され、安らぎの空間を提供する。動きのある中間部を経て、コンサートマスターが活躍する場面に入る。ヴァイオリン・ソロの美しく甘美な音色がしっかりと響き、その後にホルンの雄大な音色が奏でられている。それを支えるオーケストラの音色もまた素晴らしい。実に「一体的」な演奏だといえよう。重厚ながらも美しさに満ち溢れた第2楽章である。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso 流れるような心地よいテンポによってクラリネットが甘美な音色を響かせる。古典的な交響曲は第3楽章にスケルツォが置かれるのだが、本曲は第2楽章に引き続いて緩徐楽章である。ミュンシュの独特な音楽作りによる第3楽章は抑揚があり、聴いていて非常に楽しい
 中間部の迫力ある場面はミュンシュの見せ場ともいえようか、迫力満点の音のシャワーを諸に浴びることとなる。実際に聴いたらすごい音量に違いなかろう。チラッと聴こえるのびやかなトランペットがミソである。

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro いよいよ、第4楽章である。第1楽章の冒頭を彷彿されるような重々しい序奏部分である。序奏部分第1部はテンポを遅め、慎重さと重々しさを兼ね備えたものとなっている。第2部は雄大アルペン・ホルンが演奏される場面に入るが、あまりうるさくなく、自然な音色である。
 そして提示部に入り、かの有名な第1主題が奏でられる。重厚な弦楽器による音色によって奏でられる1主題はいつ聴いても美しく、感動する弦楽器→木管楽器と美しさから軽やかさに変遷していき、やがては金管楽器が加わって壮大に演奏される。この流れはブラームスはやはり天才的作曲家である。その後、張り切って力んでいるような弦楽器が随所に見られるが、これがミュンシュの求める恐ろしい要求なのである。
 迫力ある演奏が続き、少し落ち着いたと思ったら、再現部第1主題が登場し、美しい主題がまた戻ってくるのである。個人的に再現部第1主題の方が好みであるが、提示部第1主題の静寂な中から重厚な弦楽器によって奏でられるものもまた素晴らしい。
 そして、コーダに入る。大迫力な音量と強い推進力によって進められ、張りのある金管楽器と唸りを上げる弦楽器、そして体の中心に響くティンパニが鳴り響き、長く伸ばして締める。完全燃焼の演奏といえよう。

ヘルベルト・ブロムシュテットライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

評価:12 演奏時間:約50分【当方超推薦盤】


第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro 優しく、柔らかい中に響きの中、シャープで美しい弦楽器が登場する。早速ブロムシュテットの丁寧であり、緻密な音楽が作り出される。独特のクレッシェンドは底から湧き出る泉のような美しさである。2度目の盛り上がりは1度目とは大きく異なり、非常に情熱的である。
 提示部に入ると、ブロムシュテット独特のシャープな弦楽器の響きが顕著にみられる。年齢を感じさせない爽やかな雰囲気の第2主題は聴きどころである。幸福感が満載の第1楽章は非常に素晴らしい内容となっている。一方、力強い第1主題は厳格な雰囲気で引き締まった印象である。提示部繰り返しあり
 展開部に入ると、提示部と同様の厳格な雰囲気の中に笑みを浮かべながら指揮をするブロムシュテットの姿が容易に想像できる。唸るようでもありながら、大海原のような壮大な音楽はブロムシュテットならでは。朝比奈先生とは対照的にスッキリと爽やかな美しさに満ち溢れている
 再現部入ると壮大さを増していくも、自然体を失うことなく美しく、かつ力強い演奏が繰り広げられている。随所にキレのある演奏もみられる。ブロムシュテットの鋭い音色は、全く年齢を感じさせない音楽の一つの要因になろう。
 コーダは第2楽章に続くように高らかに弦楽器が奏でられ、繊細な響きをもって安らかに締めくくる。

第2楽章:Andante Sostenuto 繊細な弦楽器の音色を持って第2楽章を幕を開ける。動きのある音色であり、非常に美しい幕開けである。あまりビブラートをかけないため、シャープな音色が生まれるのだが、それによって織り成す弦楽器の音色は実に美しい。その後のオーボエも爽やかな音色であり、それを支える弦楽器も重厚さもありながら美しいミルフィーユのように形成されているブロムシュテットの丁寧な音楽作りがよくわかる。爽やかさもありながら、ブラームス特有の重厚さも失われていない点が極めて重要な点である
 後半のホルンとヴァイオリン・ソロは、ヴァイオリン・ソロの音色が美しくハッキリ聴こえる。それを支えるように柔らかいホルンの音色もしっかりと聴こえる。何よりも、背後にオーケストラの美しい音色が聴こえてくるのである。この3つが見事に重なり合って、圧倒的な美しさの大海原が広がっているのだ。実に幸福感に満ち溢れた第2楽章である。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso 柔らかいクラリネットの音色で第3楽章を幕を開ける。木管楽器のハーモニー、弦楽器のハーモニーもまた美しい。ブロムシュテットも笑みを浮かべながら指揮をしているに違いなかろう。
 盛り上がる中間部においては、鋭い弦楽器の音色が冴え渡り、圧倒的な美音を響かせる。この点も、ブラームス特有の重厚さも失っていない。カラヤンのような圧倒的な音楽とは異なる、ブロムシュテット特有の圧倒的美音が襲いかかってくる

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro 多少早めのテンポで壮大かつ悲痛な幕開けとなる。序奏部第1部は、ゲヴァントハウス管の壮大な弦楽器の響き、重厚な響きは実に素晴らしい音色である。第2部は堂々としたアルペン・ホルンが鳴り響き、第1部の不穏な雰囲気を一気に晴らす。
 そして提示部第1主題。精錬し尽くされたシャープな弦楽器が折り重なる第1主題は極めて美しい。そして、ブロムシュテットの笑みが浮かび上がるような自然な強弱が一気に魅了するブロムシュテットブラームスは天国にいるかのような優しく、明るい音楽が展開される。また、年齢を一切感じさせない明るさはまさにブロムシュテットの魅力の一つである。
 再現部第1主題も引き続いて、重厚感もありつつ、美しい弦楽器が鳴り響く。提示部に比べて少し抑えめであるせいか、より一層繊細さが際立っているように思える。カラヤンのような圧倒的な音量による迫力ではなく、時には迫力十分に、時には繊細な響きをというメリハリのついた演奏は聴いていて飽きない。また、他の演奏では気が付かなかったその作品の背景、構造が明らかになることもある。ブロムシュテットの繊細な音楽作りは新たな一面をお届けしてくれることもある
 そして、コーダに入る。当時92歳のブロムシュテットであるが、強烈な加速には度肝を抜かれた!!まさかの加速には驚いた。年齢を重ねるごとにテンポが遅くなる傾向にあり、カラヤンクレンペラーもそのような演奏が見られるが、ブロムシュテットは年齢を重ねるごとに若返るような元気ある演奏を響かせる。その後のコラールでは流石にテンポを落とすが、迫力は継続している。迫力がありながらも自然な音色が響き、十分な音量を持って締め括る
 こんなに幸福感のあるブラームス交響曲第1番は初めてだ!!

ヘルベルト・フォン・カラヤンベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1988年・ロンドンライヴ)

評価:10 演奏時間:約46分【当方推薦盤】


第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro 最初のティンパニの1音で既にカラヤンの充実した音楽が始まる凄まじい一発であり、オーケストラ音色が登場するコンマ1秒ほど早くティンパニが鳴らされている。そうすると、一気に緊迫感が広がるのだ。その後、美しながらも緊迫感のある弦楽器が響く。なんという序奏部だ。テンシュテットも真っ青になるだろう。
 力強いティンパニの1音で提示部に入る。唸る弦楽器の音色と力強い金管楽器のハーモニーが印象的カラヤンらしい豪華な音色を響かせ、聴く者を圧倒する。第2主題は一旦落ち着き、美しく雄大に音色を響かせるベルリン・フィル特有の透き通るような弦楽器の音色がよくわかる。それにしても、ものすごい充実感。提示部繰り返しなし
 展開部に入っても気合入った演奏が繰り広げられる。レガートを多用しているせいか弦楽器の響きが切れず、充実感をもたらしている。途中のティンパにも力強く、カラヤンベルリン・フィルの底力が発揮されているのだろう
 再現部入ると提示部よりも迫力さを増しており、テンシュテットのように音が襲いかかってくる。ここまで気迫のこもった第1楽章はそうそうないだろう。
 コーダ第2楽章に続くように高らかに弦楽器が奏でられるのだが、第1楽章の余韻を生かしているのか、ティンパニはやや強く、テンポも速めで締めくくる

第2楽章:Andante Sostenuto 大迫力の第1楽章から一変してベルリン・フィルの美しい弦楽器の音色が響き渡り、重厚な音色を響かせる。この音色は一度でもいいから実際に聴いてみたい。その後の木管楽器の音色も優しい音色を響かせる。それにしても、随所に見られる盛り上がる箇所は、物凄い迫力。すげー(思わず語彙力を失う)。
 後半のホルンとヴァイオリン・ソロは、ホルンの音色とヴァイオリンが聴こえるのだが、その他の楽器の音色も十分鳴っている。一部かき消されてしまっているが、ヴァイオリンの美しい音色は十分聴き取れる。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso 第2楽章の美しさを引き継ぐように、美しい弦楽器が鳴り響く。テンポもそこまで遅くはなく、流れるように奏でられる第3楽章は恍惚とする。
 盛り上がる中間部においては、第1楽章のような迫力さが戻ってきたかのような充実感がある。大迫力のオーケストラの美音が溢れ出て止まらない。カラヤン美学が第3楽章に大いに表れているようだ。ヴァイオリンが高く、唸っているのである。

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro
 第1楽章の序奏部のような迫力。第4楽章が幕を開ける。序奏部分第1部は厳格なテンポであり、慎重で緊迫感のある雰囲気が続く。第2部は雄大アルペン・ホルンが聴こえてるが、伸びがあり雄大な音色を響かせる。その後のフルートもどこまでも聴こえてきそうな音色である。そして、提示部第1主題。ベルリン・フィル特有の透き通るような美しさに加え、ブラームス特有の重厚感が実に素晴らしい響きであり、感動の渦に引き込まれる。テンポも多少速めであって元気さ、明るさを徐々に増していく。そして金管楽器が加わるともうカラヤンの世界。他の指揮者は近づくことが難しい。圧倒的な音楽を形成する。再現部第1主題も引き続いて厚みのある美しい弦楽器が鳴り響く。そして、ホルンが共に演奏されているのもわかる。しかし、金管楽器がものすごい迫力であり、弦楽器の音色を完全にかき消してしまうほどの音量であるカラヤンの漲る音楽造りには圧倒されるばかり、そしてトランペットは倍管にしているだろう。
 そして、コーダに入る。ティンパニが強く叩かれ、金管楽器が強烈な音色を響かせる「これでもか!というほどどんどん音量を増していく」「恐るべし!ベルリン・フィルカラヤン!」超絶な爆音を持って力強く締めくくる。
 その後のブラボーもものすごい。拍手もう少し長く収録してくれたらなぁ…。
 でも、これだけ充実感に満ち溢れた演奏を聴けばぐうの音も出ない。カラヤンブラームスの決定盤といえよう。
 なお、以下の演奏には次のようなハプニングがあったという。

 1988年、最後の来日公演よりさらに5ヶ月後、カラヤンの死が9ヶ月後に迫った頃のコンサートです。前回と同じかそれ以上に、聴衆に「これが最後かも知れない」との雰囲気が蔓延したのは、誰も口にせずとも明確です。
 そんな中、このコンサートは大きなハプニングとともに始まることになります。ウィーン、パリそしてロンドンという楽旅上にあったカラヤンベルリン・フィルですが、パリからロンドンへの楽器の搬送がフランス国内でのストライキの影響で遅れに遅れてしまったのです。ドーヴァーからイギリス警察が護衛し搬送するという国家的な特別措置をもってしても、ホール・リハーサルに割く時間は確保されませんでした。事情を知らされていなかった聴衆の心中が、いかに穏やかならなかったかを想像するのは難しくありません。それは、苛立ち、といった感情より、最悪の事態(=公演の中止)をも想定したそこはかとない不安感だったに違いありません。同様に、楽器の到着を待ちわび続け、リハーサルが出来なかった不安もあった楽団員たちもまた、今までに無い緊迫感の中にありました。
(下記、HMVサイトより。下線部筆者)

 そのような状況下の中で、行われたヘルベルト・フォン・カラヤンブラームス交響曲第1番のライヴ演奏である。

www.hmv.co.jp
 先日、ブロムシュテットライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団ブラームス交響曲が全部発売されることになった。私は、やがて交響曲全集が発売されるのではないかと予想しているため、しばらく待ってみることにしている。
 しかし、その他の演奏も期待が大きいのは間違いない。

カール・ベームベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:9 演奏時間:約43分 中野雄氏推薦*3


第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro 冒頭ベームらしい厳しく、重々しい雰囲気で幕を開ける。弦楽器も相当気合が入っているようだ。安定したテンポと、重々しくも透き通るようなベルリン・フィルの音色が響き渡る。序奏部から既に感動的
 提示部に入ると熱量が凄まじいまま第1主題を奏でる。決して遅くないテンポに加えて、カラヤンを凌駕するほどの圧倒さがそこにある。「決して地味とは言わせない」そのような言葉がピッタリであろう。第2主題に入ると、迫力も十分ながら透き通るような美しい弦楽器が奏でられている。地味との印象が強いベームであるが、時には何もかも凌駕する程度の熱量を持って指揮することがあるのだ。しかし、熱量があっても、カラヤンのように強烈な金管楽器を響かせるようなものではなく、あくまでも自然体を貫いているのがベームの魅力の一つである。提示部繰り返しなし
 展開部も提示部と同様に迫力とキレと流れるような美しさが登場する。
 再び熱量のこもった第1主題等が出現し、再現部を経てコーダへ。
 コーダは繊細さを極め、落ち着いた雰囲気を持って終結する
。この後の穏やかな第2楽章へ承継するように穏やかに締める。

第2楽章:Andante Sostenuto 穏やかな第2楽章。第1楽章の激しさは一旦影を潜め、美しさと壮大さが十分に響き渡る演奏が繰り広げられる。しかし、決して薄っぺらい演奏ではなく、ブラームス特有の重厚な音色が響き渡る
 中間部を経て、コンサートマスターが活躍する場面に入る。ヴァイオリン・ソロは、ミシェル・シュヴァルべ。透き通るような繊細な音色と、それを支える美しい弦楽器ベームの本格的な解釈と、世界屈指のオーケストラであるベルリン・フィルが織り成す美しい音楽は言葉で言い表すことは難しい。それほど、芸術性が高いのである。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso 淡々としたテンポで進められていく。もっとも、弦楽器もそうだが、木管楽器クラリネットも非常に透き通るような音色で美しい。気を衒わず、自然なテンポで奏でていく指揮はまさに本格的。途中「タタタターン」というリズムが出てくる箇所は、大海原にいるような圧倒的なスケールを構築する。鬼気迫る緊迫感も垣間見えるのもまた素晴らしい。

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro いよいよ、第4楽章である。第1楽章の冒頭を彷彿されるような重々しい序奏部分である。
 序奏部分第1部は標準的なテンポであるが、ベーム特有の厳しさが伝わってくる。第2部は雄大アルペン・ホルンが聴こえてるが、力みはなく、自然体ながらも押し寄せる美音に圧倒される
 そして、提示部に入り、若干の静寂があり、かの有名な第1主題が奏でられる。気を衒わず、スムーズに第1主題が美しく奏でられる。淡々としたテンポによって美しい音色が響き渡り、その後の木管楽器も明るく、楽しげに演奏される。その後、金管楽器が加わってテンポを加速し、迫力十分な音楽を奏でるベルリン・フィルとのベームは全く地味ではない。
 再現部も、スッと第1主題が我こそはと堂々と登場し、美しい主題がまた戻ってくるのである。ロマン溢れるジュリーニとは異なり、本格的な古典派を演じている。その後も、緊迫感とカラヤンに引けを取らないほどの迫力に圧倒される。
 そして、コーダに入る。最終部の熱狂さは途轍もない。テンポを極端に遅くすることがないため、サッパリとしながら圧倒的な音量に驚かされる。最後の連打音もテンポに変化を加えることなく、堂々と締めくくる。

 このベームの演奏の燃焼度は数ある演奏の中でもトップクラスに入るだろう。

サー・ジョン・バルビローリウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:9 演奏時間:約50分


第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro 力感もなく自然な音色で滑らかな導入部分である。その後の木管楽器も穏やかであり、弦楽器も滑らかに音を奏でる。ベーム以上の「自然体」である。
 提示部に入ると遅く、厳格なテンポで進められていく。第1主題は厳格なテンポによって重々しい雰囲気であるが、冒頭のように「自然体」を貫き、ブラームスの本質的な部分を奏でているように聴こえる。それに引き続いて第2主題も穏やかで美しい音色が響いてくる。これはウィーン・フィルとの共演によるものだからこそ奏でられるブラームスなのだろう。提示部繰り返しなし
 展開部に入っても遅いテンポで演奏を続ける。ウィーン・フィルの透き通るような美しい音色、自然な金管楽器が美しさを際立たせる
 再現部も上記同様に自然体を貫いていく。
 コーダはよりテンポを遅めて、清廉な雰囲気を迎え、幻想的に締めくくる

第2楽章:Andante Sostenuto なんという美しい出だしなのだろう。「自然体」を貫くバルビローリによる第2主題は数ある美しさを凌駕するほどの美しさである。悪く言ってしまえば、表面的といえようが…しかし、第2楽章は濃厚さよりも美しさの方が重要であるジュリーニとはまた違った美しさが、バルビローリによって奏でられる。ブラームス特有の低弦楽器の濃厚さも十分にありながら、ヴァイオリンの美しい音色が撫でるように奏でるのである
 後半のホルンとヴァイオリン・ソロは、ホルンの自然かつ雄大な音色と繊細で美しいヴァイオリンが見事な競演を繰り広げられる。もちろん、この部分は第2楽章の中でも聴きどころの一つといえよう。
 こんなに美しく自然的な演奏をするのは他にはないだろう。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso 第2楽章の美しさを引き継ぐように、柔らかく穏やかなクラリネットによって始まる。その後の弦楽器も美しく穏やかな海のように滑らかに畝る。第1楽章と第4楽章は重厚な内容に対して、中間の第2楽章と第3楽章は繊細で美しい構造となっていることが改めて実感する。もっとも、この第3楽章は金管楽器が加わったりと、第4楽章を予感させる内容である。
 盛り上がる中間部においては、テンポは遅く厳格な雰囲気ながらも、木管楽器等の楽器が非常に柔らかく穏やかな音色を響かせるため、自然体で美しい内容となっている。トランペットの音色も非常に柔らかい。

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro 冒頭悲痛な幕開けとなる部分であるが、力感はない。ここでも「自然体」を貫く。
 序奏部分第1部は標準的なテンポであるが、ブラームス特有の重厚感が十分に引き出されている。第2部は雄大アルペン・ホルンが登場する。実に自然で雄大な音色であり、まさしくアルプスである。青空が広がり、太陽が燦々としている中、雄大マッターホルンが聳え立っているような、そんな風景が目に浮かぶ。リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」のようだ。
 そして、提示部に入り、若干の静寂があり、かの有名な第1主題が奏でられる。重厚な弦楽器の音色が美しく第1主題を奏でていく。テンポもやや遅く、美しく第1主題を奏でる音色は至高の美しさである。淡々としたテンポによって美しい音色が響き渡り、序奏部第2部のアルペン・ホルンのそのまま承継したような演奏である。その後、金管楽器が加わってもテンポは維持しており、抑えめであって耳障りとなるような箇所は一切ない。バルビローリの徹底した自然体はここまでブラームスの本質を引き出すことに司どる。
 再現部も、再びあの重厚な弦楽器の音色が美しく第1主題を奏でていく。いつ聴いても、木管楽器がフェード・アウトするときに、この印象的で美しい第1主題が登場する場面は感動する。ブラームスが推敲に推敲を重ねた緻密な音楽がそこにある。
 そして、コーダに入ると一気にバルビローリ特有の世界に持ち込まれる。序奏部でトロンボーンファゴットによって歌われていたコラール風主題が一気にテンポを落とすのである。以後、テンポをかなり落として、ブルックナーのような音楽的建造物を思わせるようなコーダになる。しかし、音色は自然体を一貫している。「これぞブラームスだ」と思わせるかのような、自然体ながらも重厚な音色を響かせて締め括る
 約20分近い重厚な第4楽章であった。
 一時期、この演奏をほぼ毎日聴いていたほどの愛聴盤である。ベームよりも自然体な演奏は、ブラームス好きにとって欠かせない一枚になるのではないだろうか。カラヤンのようなゴージャスな演奏ももちろん悪くはないが、このように自然体を首尾一貫する演奏も悪くはないだろう。

*1:交響曲第1番 (ブラームス) - Wikipedia

*2:宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』(講談社、1989年)50頁

*3:宇野功芳ほか『クラシックCDの名盤』(文藝春秋、1999年)239頁

〜備忘録〜【読響】第588回定期演奏会《第10代常任指揮者就任披露宴総会》in サントリーホール

プログラム

ヘンツェ:7つのボレロ

 戦後のドイツを代表する作曲家ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ(1926~2012)は、ヴォルフガング・フォルトナーやルネ・レイボヴィツに学んだ。若くしてヘッセン州ヴィースバーデン劇場の芸術監督兼指揮者に抜擢され、く孤独通り)(1951)でオペラ作曲家としても成功を収めたが、53年には西ドイツの政治体制やセリー(音列主義)一色となった現代音楽の方向性に疑問を抱きイタリアに移住。さらに60年代後半にはマルクス主義思想に共鳴、作品にも政治的な主張が盛り込まれただけでなく、キューバで教育活動にも携わるなど、前衛運動における主知主義的な流れとは一線を画す独自の深まりを見せた。
 豊かなオーケストレーションに彩られた躍動感あふれる作風は、演劇的描写性や身体性と相性がよいのか、オペラやバレエも精力的に書き、〈ホンブルクの王子(1958/59)〉〈若い恋人たちのエレジー〉(1959~61)、〈英国猫〉(1980~83)など再演を重ねている作品も多い。三島由紀夫の『午後の曳航』をオペラ化した〈裏切りの海〉(1986~89)の日本語版(改訂時に原題に戻された)は、2003年に読売日本交響楽団が当時の常任指揮者ゲルト・アルブレヒトと初演して話題を呼んだ。
 〈7つのボレロ〉は、グラン・カナリア音楽祭(スペイン・カナリア諸島)の委嘱により1998年に作曲され、読響がやはりアルブレヒトの指揮で初演している。舞台作品の管弦楽への編曲はヘンツェにも珍しくはないが、この作品も1993年から95年にかけて作曲されたオペラ〈ヴィーナスとアドニス〉を下敷きにしている。美神ヴィーナス、美少年アドニス、そして軍神マルスの三角関係がダンサーによって踊られ、それがプリマ・ドンナ、若いオペラ歌手、英雄を演じる役者の関係とパラレルに進んでいく。
 オペラはシンフォニアで始まり、マドリガルレチタティーヴォボレロなどの小曲を重ねている。〈7つのボレロ〉はそこからボレロを抜き出して編んだもので、全体を通じてボレロのリズムが聞こえてくるが、楽曲はそれぞれ色彩感豊かに描き分けられている。大量の音を書き込みつつもはっきりと濃淡をつけ、オーケストラを効果的に鳴らすあたりに、巨匠の健筆ぶり、円熱ぶりが表れている。
〈ラ・ヴァルス〉などで美しいウィンナ・ワルツを書いたバスク人ラヴェルらを例にヘンツェはこれらのボレロが「何かを引用したのではなく、自分の筆から流れ出たもの」で、自身の目と耳がとらえたスペイン音楽、自身が「スペイン的なるものとしてイメージしているもの」の表現と述べている。オペラの筋からも声からも解放され、純粋な楽作品として「私たち外国人がわずかしか知らないからこそいつまでも夢見てしまう、あの遠い、驚くほど美しい国へのあいさつ」となったのである。

(プログラムの曲目解説、江藤光紀先生の記述を引用・抜粋)

ブルックナー交響曲第9番ニ短調 WAB109(ノヴァーク版)

 アントン・ブルックナー(1824~96)は、典型的な大晩成型芸術家だ。リンツ近郊の学校教師のもとに生まれたが早くに父を亡くし、ザンクト・フローリアン修道院聖歌隊に預けられた。教員を務めた後、31歳でリンツの大聖堂のオルガニストとなり、オルガンの実力が買われて”音楽の都”ウィーンに進出したのは44歳の時。交響曲作曲家としての本格的なキャリアはそれから始まるのである。
ブルックナーベートーヴェン交響曲第9番を作曲した年に生まれているが、交響曲というジャンルは、ブルックナーが得意としたもう一つのジャンル、宗教音楽と並び、ロマン派の作曲家にはあまり重視されず、19世紀半ばにはかっての勢いを失い停滞期に入っていた。ブルックナーは遅咲きだったからこそ、交響曲再興の機運とシンクロしたのかもしれない。その最後の曲となった交響曲第9番は「愛する神」に捧げられ、死を前にした宗教観を色濃く反映している。
 1887年、交響曲第8番を完成させたブルックナーは同年9月21日に第9番の構想に取りかかっているが、第3番、第4番、そして書き下ろしたばかりの第8番の改訂に時間を取られてなかなか進せず、89年4月にはスケルツォに取りかかったものの、またもや第1番の改訂に入ってしまい、第1楽章の総識に手をつけるのはようやく91年4月になってからだった。92年、望んでいた第8番の初演がかない、第9番に集中する環境が整うが、この頃になると体調不良や体力の衰えを自覚するようにもなり、作曲は残された時間との闘いとなった。同年10月14日に第1楽章、翌93年2月27日にはスケルツォ楽章、さらに94年10月末にはアダージョ楽章が完成し、いよいよフィナーレを残すのみとなる。
 ブルックナーはウィーンでは評論家ハンスリックらの敵対的な言説に悩まされていたが、この頃になると交響曲作曲家としての名声も揺るぎないものとなっていた。住居の階段の上り下りも難儀に感じるようになったブルックナーに、皇帝フランツ・ヨーゼフが95年、ベルヴェデーレ宮の敷地内に一室を提供し、そこで最後の格聞が進められた。熟慮を重ねたこの楽章に、ブルックナーは死の当日も取り組んでいたという。おそらく全体像は頭の中に出来上がっていたに違いない。しかし、再現部を書き上げたあたりで力尽き、96年10月11日に世を去った。

(プログラムの曲目解説、江藤光紀先生の記述を引用・抜粋)

 読売日本交響楽団第10代常任指揮者セヴァスティアン・ヴァイグレ。そして、初めての読売日本交響楽団
 好きな作曲家であるブルックナー交響曲第9番であったが、第1楽章冒頭や第2楽章の迫力は凄まじく、サントリーホールの2階の一番後ろの席でも体の芯まで響いていた