Symphonikerのひとりごと

クラシック音楽を趣味とするロー生

私が選ぶ好きな交響曲・指揮者10選

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 はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選ということで、何か書いてみようと思って、交響曲指揮者を選出してみることにした。ということで、
 はてなブログ10周年おめでとうございます!!
 当初は「交響曲」のみで良いかと思っていたが、それとも「指揮者」にしようか迷っていたが「どうせなら両方書いちゃえ!!」と思い、両方選出することにした。
 選出の方法は以下の通りとした。

選出方法

  • 所持枚数の多さ
  • 指揮者は必ず現役指揮者を含める

 結果、交響曲ベートーヴェンブルックナーマーラーの3人のみとなってしまった。10人のうち、1曲ずつと思ったのだが、それはかなり難しいことであり、私はたくさんの曲を聴くというよりかは、1曲について追求するタイプのようである。結果的にベートーヴェン交響曲第9番37枚という桁違いの枚数となってしまった。
 実は、数年前はもっとたくさんあったのだが、いまいちだった演奏やあまり印象のない演奏については全て売却したため、私の中で印象深い演奏が残ることになった。そのため、以下の演奏は全て私の中で高評価の演奏がほとんどであるため、何かの参考にしていただけたら幸いである。
 なお、従前より1曲についてや、指揮者についての感想を述べたものを書いているが、勉学にも勤しまなければならず、なおこれだけの枚数(190枚)があるため、少しずつ書いていくつもりである。このページは固定にするので、適宜追加していきたい。
 なお、更新状況についてはTwitterを参照してください(なお、鍵がついていますが、特定のリア友からツイート内容を見られたくない趣旨なので、原則として承認いたしますので、気軽にフォロリクをお願いいたします)
 なお、宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』(講談社、1989年)の記述をいくつか用いている。

好きな交響曲10選

ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調

 作品の非詳細な解説はこちら→
ベートーヴェン:交響曲第3番英ホ長調「英雄」を聴く(その1) - Symphonikerのひとりごと

ヘルマン・シェルヘン:スイス・イタリアーナ管弦楽団

ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調

 作品の非詳細な解説はこちら→
ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調を聴く(その1) - Symphonikerのひとりごと

ヘルマン・シェルヘン:スイス・イタリアーナ管弦楽団

ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調

ヘルマン・シェルヘン:スイス・イタリアーナ管弦楽団
近衞秀麿:読売日本交響楽団
レオポルド・ストコフスキ:ロンドン交響楽団

ブルックナー交響曲第5番変ロ長調

 ブルックナー交響曲第5番変ロ長調。私の中でも、最も好きな交響曲の1つである。
 さて、アントン・ブルックナーという作曲者をご存知だろうか。ブルックナーは、後期ロマン派音楽を代表する作曲家であり、リヒャルト・シュトラウスグスタフ・マーラーと並んで、三大後期ロマン派音楽作曲家とも評されることもある。その中でも、交響曲第8番は、ブルックナーの中でも代表的な作品に挙げられており、録音CDも非常に多い。
 さて、アントン・ブルックナーという作曲家は、どちらかというと苦労人であり、幾度となく落胆を繰り返した作曲家である。後述の通りであるが、この交響曲第8番も全面的に改訂され、普段聴くことのできるものは、第2稿の方であって全面的に改訂されているものが殆どである。さらに、この改訂においては、ロベルト・ハースレオポルド・ノヴァークというブルックナー研究者が携わっており、よくCDの裏側に「〇〇版」と記載されているものが多い。実際何か違うのか?と言われると違う、のであるがそれは楽譜を見比べて初めて分かったり、指摘されて初めて分かるというものばかりであってそこまできにする必要はないかと思う。
 もう一つ、ブルックナーの特徴を語ると、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンを尊敬していたことが挙げられる。実際にベートーヴェンの全交響曲ブルックナーの全交響曲を対比してみよう。

ベートーヴェン ブルックナー
交響曲第1番 ハ長調 ハ短調
交響曲第2番 ニ長調 ハ短調
交響曲第3番 変ホ長調 ニ短調
交響曲第4番 変ロ長調 変ホ長調
交響曲第5番 ハ短調 変ロ長調
交響曲第6番 ヘ長調 イ長調
交響曲第7番 イ長調 ホ長調
交響曲第8番 ヘ長調 ハ短調
交響曲第9番 ニ短調 ニ短調

 同一の調は太文字にした。これほどベートーヴェンと同一の調を用いて作曲していることから、ブルックナーベートーヴェンに対する尊敬さはここから窺われよう。
 そして、このブルックナー交響曲第5番は、「筋金入りのブルックナー指揮者のみが近づくことの許された作品」と評されるほど難解な曲である。しかし、対位法が駆使された響きは、まさにパイプオルガンのようであり、第4楽章codaでは圧倒的な音楽的建造物を構築するのである。
 よって、もっともブルックナーらしい交響曲といえよう

カール・シューリヒト:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ギュンター・ヴァント:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ギュンター・ヴァント:ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団
ピータ・マーク:東京都交響楽団

ブルックナー交響曲第8番ハ短調

 作品の非詳細な解説はこちら→
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調を聴く(その1) - Symphonikerのひとりごと

カール・シューリヒト:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ギュンター・ヴァント:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ギュンター・ヴァント:ハンブルク北ドイツ放送交響楽団

ブラームス:交響曲第1番ハ短調を聴く(その1)

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はじめに

 今回は、ブラームス交響曲第1番ハ短調ブラームス交響曲の中でも最も有名な交響曲といえよう。
 もっとも、第1楽章冒頭の迫力ある悲痛な叫びのような序奏は初めて聴いた時、雷に打たれたような衝撃が走ったことを強く記憶している。その時の演奏が、叔父の所有しているカラヤンベルリン・フィル(DG)の演奏だった。
 第1楽章から非常に中身の濃い曲であり、ブラームス特有の濃厚さが詰まっている。
 そして、第2楽章・第3楽章の流れるように落ち着いた美しさもブラームスの特徴のひとつといえよう。古典的な交響曲は、第3楽章にスケルツォを置くことが多いのだが、本曲は第2楽章に続いて第3楽章も緩徐楽章なのである。ある意味、新しい第3楽章ともいえよう。
 なんと言っても、最終章である。長い序奏部のあとの、提示部第1主題は第4楽章のなかで最も重要な主題であり、印象深いものである。
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 第1楽章の暗さ→第4楽章の明るさというわかりやすい構造であるが…類似した構成の曲がブラームス交響曲第1番の前にすでに登場しているのである。それが、ベートーヴェン交響曲第5番である。ブラームスベートーヴェンの影響を強く受けていることが推定されよう。
 そして、ブラームスは、ベートーヴェンの9つの交響曲を意識するあまり、管弦楽曲、特に交響曲の作曲、発表に関して非常に慎重であった。通常は数か月から数年とされる作曲期間であるが、最初のこの交響曲は特に厳しく推敲が重ねられ、着想から完成までに21年という歳月を要した*1
 また、ハンス・フォン・ビューローは、この曲をベートーヴェン交響曲第10番」とも評価した。近時、この評価の仕方について様々な意見が出てるところだが、ブラームス交響曲の中も素晴らしい作品であることについては異論はなかろう。

ブラームス交響曲第1番ハ短調

シャルル・ミュンシュ:パリ管弦楽団

評価:8 演奏時間:約48分宇野功芳先生推薦盤】*2
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第1楽章:Un Poco Sostenuto, Allegro

 重々いテンポに加えて張りのある厳格な音色によって、幕を開ける。独特の強弱とテンポの揺れがミュンシュの特徴であるが、序奏部分からすでにその要素が現れている。序奏部から凄まじい迫力である。
 提示部に入っても、第1主題はミュンシュによる力一杯の演奏によって奏でられる。第2主題はスラーの部分は弦楽器が美しく唸り、キレのある部分は迫力満点。濃厚な音楽であるブラームスの音楽をここまで迫力満点に襲いかかる演奏は大好きである。提示部繰り返しなし
 展開部に入ると、提示部第1主題メインとなり再び迫力ある音楽が登場する。とにかく弦楽器の音色がものすごい重厚で襲いかかってくるのであるミュンシュという指揮者は恐ろしいものだ。展開部に入ると「タタタターン」というモチーフ(特にティンパニ)が聴こえるが、これは運命の動機とも解されている。
 再現部も提示部第1主題同様に鬼気迫る迫力。コーダはテンポを遅くしながらも迫力は維持され、美しく安らぐように締める。

第2楽章:Andante Sostenuto

 第1楽章の重々しさから一変して安らぎの第2楽章である。美しい弦楽器であるが、低弦楽器の重厚さがものすごい伝わってくる。とてもスケールの大きい演奏である。中間部のオーボエも美しビブラートを奏で、それを美しく重厚な弦楽器が支える。ちょっとやや固い音色である点が気になるが、聴いていて非常に癒され、安らぎの空間を提供する
 動きのある中間部を経て、コンサートマスターが活躍する場面に入る。ヴァイオリン・ソロの美しく甘美な音色がしっかりと響き、その後にホルンの雄大な音色が奏でられている。それを支えるオーケストラの音色もまた素晴らしい。実に「一体的」な演奏だといえよう。
 重厚ながらも美しさに満ち溢れた第2楽章である。

第3楽章:Un Poco Allegretto E Grazioso

 流れるような心地よいテンポによってクラリネットが甘美な音色を響かせる。古典的な交響曲は第3楽章にスケルツォが置かれるのだが、本曲は第2楽章に引き続いて緩徐楽章である。
 ミュンシュの独特な音楽作りによる第3楽章は抑揚があり、聴いていて非常に楽しい
 中間部の迫力ある場面はミュンシュの見せ場ともいえようか、迫力満点の音のシャワーを諸に浴びることとなる。実際に聴いたらすごい音量に違いなかろう。チラッと聴こえるのびやかなトランペットがミソである。

第4楽章:Piu Andante, Allegro Non Troppo, Ma Con Brio, Piu Allegro

 いよいよ、第4楽章である。第1楽章の冒頭を彷彿されるような重々しい序奏部分である。序奏部分第1部はテンポを遅め、慎重さと重々しさを兼ね備えたものとなっている。第2部は雄大アルペン・ホルンが演奏される場面に入るが、あまりうるさくなく、自然な音色である。
 そして、かの有名な第1主題が奏でられる。重厚な弦楽器による音色によって奏でられる1主題はいつ聴いても美しく、感動する弦楽器→木管楽器と美しさから軽やかさに変遷していき、やがては金管楽器が加わって壮大に演奏される。この流れはブラームスはやはり天才的作曲家である。その後、張り切って力んでいるような弦楽器が随所に見られるが、これがミュンシュの求める恐ろしい要求なのである。
 迫力ある演奏が続き、少し落ち着いたと思ったら、再現部第1主題が登場し、美しい主題がまた戻ってくるのである。個人的に再現部第1主題の方が好みであるが、提示部第1主題の静寂な中から重厚な弦楽器によって奏でられるものもまた素晴らしい。
 そして、コーダに入る。大迫力な音量と強い推進力によって進められ、張りのある金管楽器と唸りを上げる弦楽器、そして体の中心に響くティンパニが鳴り響き、長く伸ばして締める
 完全燃焼の演奏といえよう。

*1:交響曲第1番 (ブラームス) - Wikipedia

*2:宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』(講談社、1989年)50頁

ベートーヴェン:交響曲第3番英ホ長調「英雄」を聴く(その1)

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Ludwig Van Beethoven [1770-1827]

はじめに

 今回は、ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調ベートーヴェンの最も重要な作品のひとつであると同時に、器楽音楽による表現の可能性を大きく広げた画期的大作である。この交響曲第3番は全体を通じて約60分弱ベートーヴェンの中で第9番に次ぐ演奏時間の長さである。
 当時のハイドンモーツァルト交響曲は全体で約30分〜40分程度であったが、ここにきて約60分近い大作が登場したのであるから、当時としては異例の演奏時間の長さであろう。もっとも、後期ロマン派音楽になれば1時間超えるものばかりであるし、マーラー交響曲第3番は約100分ほどの演奏時間を要するものもある。そういった意味を踏まえると、このベートーヴェン交響曲第3番は今後の作曲家・音楽に大きな影響を与えた作品と言っても過言ではないだろう。
 さて、この交響曲第3番であるが、フランス革命後の世界情勢の中、ベートーヴェンナポレオン・ボナパルトへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲された。第1楽章の格好良く、雄大な主題はまさに「英雄」といえよう。そして、第2楽章の葬送行進曲は、ナポレオンがセントヘレナに幽閉され、そこで死んだとき、「私はこのことを予期していた」と語ったそうだ。そして、名指揮者ブルーノ・ワルター「ナポレオンは死んだが、ベートーヴェンは生きている」という言葉を残した*1
 もう一つ特筆するとしたら、第1楽章codaのトランペットである。以下の図を見ていただきたい。

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(A)
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(B)

 指揮者によって(A)と(B)のどちらかで演奏される。当初は(A)の方だったが、当時トランペットは(B)のような高音は吹けないとされ、トランペットは第1楽章第1主題の途中で墜落してしまう。ニコラウス・アーノンクールはトランペットの脱落を「英雄の失墜(死)」を表すと主張している。この点について、以下の演奏については、どちらの演奏かもちろん示すつもりである。
 なお、この第1楽章codaの論争(?)は、リヒャルト・シュトラウス交響詩英雄の生涯第1版第2版の相違にも同様のことが言えるのではないだろうか。
 私見においては、(A)の場合は、第2楽章の葬送行進曲を想起させる、英雄の失態を示すニコラウス・アーノンクールと同様)。一方、(B)の場合は、英雄は最後まで英雄である、堂々たる英雄なのだ。個人的にはどちらでも良い。指揮者はどのように解釈して(A)または(B)を選択したのか、という解釈の推論をする方がよほど楽しい。
 第2楽章は一変して葬送行進曲。非常に暗く、荘厳な曲である。しかし、途中ハ長調になる部分があり(マジョーレ)、明るくなる部分が緊張感を和らげる。
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 低弦楽器が、「ド・ソ・ラ・シ」が聴こえたら、マジョーレが開始。しかし、その後展開部において極めて荘厳なフガートが登場する
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 軽く聴き流していたとしても、この箇所が聴こえると真剣を集中させて聴いてしまうベートーヴェンの荘厳さが十二分に発揮されている箇所といえよう。
 一方第3楽章は軽快な音楽であり、このスケルツォ交響曲第7番第3楽章、交響曲第9番第2楽章に引き継がれることになろう。
 中でも、このトリオにおけるホルンが非常に雄大で格好良い箇所である
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 そして、第4楽章は変奏曲となっている。もっとも、第6変奏で一気に雰囲気が変わり、下記の第7変装はホルンが再び主役となる場面が登場する
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 なぜだがホルンを起立させて演奏したくなる気がするのは私だけだろうか。
 さすが「英雄」とだけあって、英雄らしい非常に格好良い作品である。交響曲第3番がなければ、交響曲第5番交響曲第7番も交響曲第9番も誕生しなかったのだから、奇跡の交響曲ともいえよう。

ベートーヴェン交響曲第3番英ホ長調「英雄」

クリスティアンティーレマンウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:8 演奏時間:約56分
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第1楽章:Allegro con brio

 重厚な出だし。標準的なテンポながらも軽やかな木管楽器と重厚な低弦楽器が第1主題を謳い、雄大金管楽器も加わり実に重厚で壮大な響きである。随所に、フルトヴェングラーを彷彿させるようなテンポの揺れがある。休符が目立ったり、軽やかに奏でられる部分が多い第1楽章において、このようなメリハリのあるテンポの強弱もまた良いアクセントとなる。これもティーレマンの特徴といえよう。提示部繰り返しあり
 展開部においては、ティーレマンの特徴でもあるテンポの揺れが顕著に見られ、非常に重厚な場面が多い。重厚なベートーヴェンもまた良いだろう。そして、ウィーン・フィルの伝統的音色によって奏でられるのもまたよし。
 再現部を経て、コーダに入るが、第1主題のトランペットは、(B)の方であった。前半はあまりトランペットの音量は小さめだったが、高音になると伸びあやかな音色が響き渡った。提示部繰り返したこともあり、約20分弱の重厚な第1楽章はこれで締め括る。
 随所に個性的な演奏が見られるが、これもまた一つのベートーヴェンの演奏だろう。一直線でなんの変哲のない演奏によるベートーヴェンも正統派で良いが、このような演奏もまた良い。

第2楽章:Marcia funebre. Adagio assai

 重々しい重々しいテンポによって、重厚な第1主題が奏でられる。この暗さはこれまたフルトヴェングラーを彷彿させるようなものだ。強弱をつけた演奏が繊細さと重厚さを引き出す
 ハ長調のマジョーレに入るとテンポが速くなりがちなのだが、冒頭のテンポを維持するように遅く壮大に奏でられる。その後の展開部のフーガは、テンポを遅めず、標準的なテンポで暗く厳かなフーガを構築する叫び上げるヴァイオリン、荘厳さを十分に引き出す低弦楽器とティンパニ、勇壮するホルンと抑えめなトランペットが重厚なフーガを築き上げている。これまた言葉で言い表すことが難しい荘厳さである。
 暗く、不気味さを漂わせながら重厚感あふれる葬送行進曲も素晴らしい。

第3楽章:Scherzo. Allegro vivace

 第1楽章、第2楽章とやや遅めのテンポで演奏し続けたが、スケルツォ主部は早めのテンポで軽快に進んでいく。そして、盛り上がっていくと重厚な響きが加わり、強い推進力によって主部が奏でられているベートーヴェンらしい軽快さも損なわれていない。
 トリオに入ると、ホルンが柔らかく牧歌的に奏でる。非常に明るく、軽快なトリオとなっている。

第4楽章:Finale. Allegro molto

 第1楽章からそうなのだが、全体的にトランペットの音色が控えめであり少々優しい音色が響き渡っている。テンポを揺らしながら主部を奏で、変奏曲に入っていく。
 金管楽器が控えめなため、弦楽器が中心になりがちなのだが、ものすごい重厚感と柔らかさによって進められていくティーレマンらしい独特の重厚感といえよう。
 そして、第5変奏が終わり、長い静寂の後に落ち着いた印象を与える第6変奏に入る。テンポを非常に遅くし、穏やかにオーボエが第6変奏を奏で、美しい川の流れのように弦楽器が加わっていく。その後のホルンが雄壮に主題を奏でる第7変奏も非常に壮大に演奏されるカラヤンのような圧倒的な音量によるものではないが、重厚感あふれる迫力は十分にある。
 コーダは前半の変奏曲のテンポが戻ってきたかのように強い推進力で進んでいく。ヴァイオリンのトレモロがはっきりと響き渡り、優しく包み込むように締めくくる。
 重厚ながらも優しい音色が響き渡る演奏である。

*1:宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』(講談社、1989年)25頁

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwängler)

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Wilhelm Furtwängler [1886-1954]

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwängler)

 1886年1月25日ドイツ帝国、ベルリンにて生まれる。
  1954年11月30日西ドイツ、バーデン=バーデンにて亡くなる。

 今回紹介する指揮者は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー私が最も好きな指揮者の1人である。アルトゥール・トスカニーニ、ブルーノワルターと並んで、世界三大指揮者と呼ばれるうちの1人である。
 今後フルトヴェングラーのような指揮者は当分現れないのではないだろうか…。フルトヴェングラーの魅力はクレッシェンドである。あの独特なクレッシェンドはヘルベルト・フォン・カラヤンですらなし得ないものだ、という。そして、独特のテンポもまたフルトヴェングラーの魅力を語る上では絶対に欠かせない。ベートーヴェン交響曲第9番第4楽章最終部のプレスティッシモ(Prestissimo)の爆速は言うまでもないだろう。しかし、早いだけがフルトヴェングラーではない。時にはテンポを落として暗く、おどろおどろしさを醸し出すのである。「聴き手を一瞬で惹きつける変幻自在のテンポ感、音量の強弱、熱狂的追い込みにクライマックス」これがフルトヴェングラーの魅力を語る上で絶対に外せない要素である。
 現代の巨匠指揮者、クリスティアンティーレマン「最大の魅力は『音の響きそのもの』にある」「重く、暗く深遠とも言える響きそのものが、真似しえるものであり、そこに『ドイツの響き』がある」という*1

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(上記二つは1942年と戦中の映像)

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(貴重なカラー映像)

主なオーケストラの首席指揮者等の在籍

*1:Altus ベートーヴェン交響曲第3番。ヴィルヘル・ムフルトヴェングラー指揮:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団附属ライナー・ノーツより

今までのコンサート(2017年〜2020年)

2017年

【日本フィル】第695回 東京定期演奏会(11月17日)

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 日本フィルハーモニー交響楽団首席指揮者ピエタリ・インキネン。私が上京して初めて聴きに行ったコンサート。当時ピエタリ・インキネンは眼鏡をかけて指揮をしていた記憶がある。
 ブルックナー交響曲第5番は壮大で素晴らしい演奏だった。

【ウィーン響】2017年来日公演(11月26日)

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 ウィーン交響楽団首席指揮者フィリップ・ジョルダン(当時)。初めて海外オケを聴きに行った時。ベートーヴェン交響曲第5番マーラー交響曲第1番「巨人」も素晴らしい演奏であった。アンコールは、ヨハン・シュトラウス「トリッチ・トラッチ・ポルカ「雷鳴と電光」
 フィリップ・ジョルダンバーンスタインのようにジャンプして指揮をしていた記憶がある。

都響】第845回定期演奏会Bシリーズ

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 東京都交響楽団首席客演指揮者としてラスト・ステージとなったヤクブ・フルシャ。温かみのあったブラームスであったと記憶している。
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 終演後、サイン会が行われた。

【神奈フィル】特別演奏会(12月22日)

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 当初指揮をする予定の鈴木秀美先生の代役として、甥の鈴木優人先生が指揮台に上がった。私にとって初めての「第九」であった
 座席の位置が悪く、足元でティンパニが鳴り響くという極めて違和感のある体験をした。

都響都響スペシャ「第九」(11月26日)

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 東京都交響楽団首席指揮者大野和士先生1年のうちに異なるオーケストラで第九を聴いたのはこの年のみ。大野先生による「第九」は壮大であった。

2018年

都響】第849回定期演奏会Aシリーズ(3月20日

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 東京都交響楽団桂冠指揮者エリアフ・インバルショスタコーヴィチ
 第1楽章の展開部「戦争の主題」は、超快速的テンポで戦々恐々としていたのが印象的

都響】第850回定期演奏会Bシリーズ(3月26日)

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 ショスタコーヴィチピアノ協奏曲第2番は第2楽章がアンコールで行われた。
 後半のベルリオーズ幻想交響曲金管楽器が華麗に鳴り響いていた。
 この時、第3楽章冒頭のコーラングレ・ソロでお腹がなってしまったのは懐かしき、恥ずかしき思い出…。

都響都響スペシャル(3月31日)

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 シューベルト交響曲第7番「未完成」チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」という名曲コンビ。
 特に、チャイコフスキー交響曲第6番第3楽章の終了時点で拍手が起きてしまうという珍事があった。勇ましく格好良いから終わりかと思うのはわからなくもないが、ちょっと勘弁して欲しかった。

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 上記動画は、前日(3月30日)に行われた第851回定期演奏会Cシリーズのもの。

都響】第851回定期演奏会Bシリーズ(4月10日)

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 マーラーを得意とする東京都交響楽団で、マーラーの大曲交響曲第3番。そして、大野先生もマーラーも得意のレパートリーの一つ。相思相愛のマーラー交響曲第3番は壮大であり、かつ、美しさを兼ね備えた名演だった。

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大野先生が語るマーラー交響曲第3番。

【ロンドン響】TDKオーケストラコンサート2018(9月25日)

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 ロンドン交響楽団音楽監督サー・サイモン・ラトル。そして、ロンドン交響楽団世界のオーケストラの中でも5本の指に入る超名門オーケストラ
 マーラーを得意とするサイモン・ラトルであるが、マーラーの最高傑作とも評価される交響曲第9番は至高の時間であった。高級な音色を響かせるロンドン交響楽団も印象残っている。
 そして、この日は私が20歳の誕生日であった。
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 素晴らしい誕生日プレゼントなった

都響】第863回定期演奏会Bシリーズ(10月19日)

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 サン=サーンス交響曲第3番を演奏するということで絶対に行きたいと思って行った。
 初めて実際にパイプオルガンを聴いたが非常に荘厳な響きをしていた。

都響都響スペシャ「第九」(12月26日)

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 東京都交響楽団終身名誉指揮者小泉和裕先生。すごい迫力であり、特に第4楽章最終部はフルトヴェングラーを彷彿させるような速いテンポが印象的だった。
 この時、すでに小泉先生の虜となった。

2019年

都響都響スペシャル(3月17日)

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 世界的なブルックナー指揮者であるエリアフ・インバル。それも、ブルックナー交響曲第8番ハ短調。これはもう楽しみ楽しみで、楽しみでしかなかった。おそらく、朝比奈先生のブルックナーを聴きにく前はこのような気持ちになったのだろう。もっとも、宇野功芳先生に叱られるかもしれないが(笑)
 注目すべきは、第1稿ではなく、ノーヴァク版(第2稿)を扱った点だ。第1稿を扱う指揮者として著名なインバルだが、一般的に用いられるノーヴァク版(第2稿)を扱った点は注目である

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【ロス・フィル】ロサンジェルス・フィルハーモニック 創立100周年記念ツアー(3月20日

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 ロサンジェルス・フィルハーモニック音楽監督グスターボ・ドゥダメル世界で最も熱い指揮者でもあるドゥダメル
 ピアノはこれもまた世界的ピアニストユジャ・ワン。ピアノ線が切れるほどの迫力に圧倒。
 そして、ドゥダメルマーラー交響曲第1番も個性的ながらも迫力満点の演奏だった

【読響】第588回定期演奏会《第10代常任指揮者就任披露宴総会》(5月14日)

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 読売日本交響楽団第10代常任指揮者セヴァスティアン・ヴァイグレ。そして、初めての読売日本交響楽団
 好きな作曲家であるブルックナー交響曲第9番であったが、第1楽章冒頭や第2楽章の迫力は凄まじく、サントリーホールの2階の一番後ろの席でも体の芯まで響いていた
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【読響】読響×アプリコ(6月29日)

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 ショパン:ピアノ協奏曲第1番ソリスト・牛牛によるアンコールは、フランツ・リストパガニーニによる大練習曲第3番「ラ・カンパネラ」であった。まさかの曲に非常に驚いたことを覚えている。
 一方、大友先生ブラームス交響曲第1番大迫力であり、熱狂的な演奏に圧倒された

都響】第883回定期演奏会Bシリーズ(7月25日)

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 東京都交響楽団首席客演指揮者アラン・タケシ・ギルバート快速的テンポモーツァルト交響曲第38番と、自然豊かながらも壮大なブルックナー交響曲第4番
 タケシ君らしい、力強さも兼ね備えた演奏であった。
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都響】第885回定期演奏会Bシリーズ(9月4日)

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 9月4日はアントン・ブルックナーの生誕日。その前に、ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」は12音技法ながらも聴きやすく、ヴェロニカ・エーベルレの美しいヴァイオリンが響き渡った。アンコールは、プロコフィエフ無伴奏ヴァイオリンソナタ第2楽章であった。
 ブルックナー交響曲第9番第1楽章から大迫力であり、一方第3楽章Codaは極めて美しかった

新日本フィル】ジェイド〈サントリーホール・シリーズ〉#609(9月5日)

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 賛否両論飛び交う新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督上岡敏之先生シューベルト交響曲第4番「悲劇的」快速的テンポで爽やかに演奏された
 一方、ブルックナー交響曲第7番も爽やかで壮大に演奏されており、第1楽章冒頭は聴こえない程度の最弱音で開始された。
 なお、この演奏はCD販売されている。
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【読響】第625回名曲シリーズ(9月20日

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 現代最高のベートーヴェン弾きと評されるルドルフ・ブッフヒンダーのピアノでベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番優しく美しい響きだった。アンコールは、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」第3楽章であった。
 一方、マーラー交響曲第5番は前半は良かったものの、第3楽章以降ホルンがミスを連発し非常に残念だった。

N響】第1920回定期演奏会プログラムB(9月25日)

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 私の21歳の時の誕生日、そして初のN響NHK交響楽団音楽監督パーヴォ・ヤルヴィ
 ニールセン:フルート協奏曲ソリストは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席フルート奏者エマニュエル・パユだった。現在世界最高峰フルート奏者の演奏を聴けたことは非常に良い経験をした。
 そして、シベリウス交響曲第6番交響曲第7番続けて演奏された

【東響】ミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演(10月5日)

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 東京交響楽団音楽監督ジョナサン・ノット。総勢約400人近くで演奏される大曲シェーンベルクグレの歌。ノット先生と東響のコンビの凄さは前々から知っており、ついに生で聴ける日が来た。
 春に大野@都響、カンブルラン@読響で本曲を演奏したが、聴き逃してしまいショックを受けていたが、ノット@東響で行うときいて真っ先にチケットをとった記憶がある。第3部の最後の大合唱はシンバルが打ち鳴らされるたびに涙が溢れ、実際に音楽を聴いてあそこまで涙を流したのは初めての出来事だった
 録音されているため、CD販売が待ち遠しい。

都響】第899回定期演奏会Bシリーズ(10月16日)

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 東京都交響楽団終身名誉指揮者小泉和裕先生70歳の誕生日の時のコンサートである。このプログラムを語る上で、作品の内容について説明しなければならない。
 後半のプログラムである、ブルックナー交響曲第7番第2楽章において、尊敬していたリヒャルト・ワーグナーが亡くなったことを聞いて、付け足した葬送行進曲が含まれている。
 そして、前半のプログラムである、ワーグナージークフリート牧歌は、妻であるコジマ・ワーグナーの誕生日プレゼントとして作曲されたものだ
 それを当日70歳の誕生日である小泉先生が指揮するというプログラムなのだ。これほど深い意味が込められたプログラムもなかろう。

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 この時、カーテン・コールの際、小泉先生は花束を受け取り、happy birthdayが華やかに演奏されたときつい涙を流した

ウィーン・フィルウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2019(11月11日)

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 ついに世界最高峰オーケストラ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を聴くときが来た。
 指揮は、この年のニューイヤーコンサート指揮者を務めたクリスティアンティーレマン。そして、曲はブルックナー交響曲第8番(ハース版)
 私が最も好きな交響曲の一つであるが、それをティーレマンウィーン・フィルの演奏で聴けるとは唯一無二の機会だろう。第4楽章終了したのち、約10秒間ティーレマンは指揮棒を下さなかったが、その間フラブラやフラ拍も一切なかった。聴衆のレベルも高かったといえよう。
 そして、アンコールは、ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」であり、ニューイヤーコンサートで取り上げられた曲だ。実質的にニューイヤーコンサートを実際に体験したようなものだ
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ベルリン・フィル】ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演(11月2日)

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 まさか、11月中に もう一方の世界最高峰オーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を聴くときが来るとは思わなかった。さらに曲は、ブルックナー交響曲第8番(ノヴァーク版)。世界最高峰オーケストラで、同一のブルックナー交響曲第8番はすごかった。
 指揮者は、巨匠ズービン・メータ。椅子に座って指揮をしていたが、最後の第4楽章Codaで立ち上がって指揮をしたときは目頭が熱くなった。ベルリン・フィル団員も驚いたようだ。
 「メータのブルックナーは聴きに行く方が悪い。知らなかったとは言ってほしくない」と述べた宇野功芳先生の発言は撤回されることになろうほど、素晴らしい演奏だった。

都響都響スペシャル(12月14日)

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 東京都交響楽団首席客演指揮者アラン・ギルバートによるマーラー交響曲第6番
 第1楽章からパワフルであり、第4楽章のハンマーは極めて恐ろしい響きをしており、歴史に残るほどの名演だったのではないだろうか
 長大な交響曲だが、終始集中して聴いていた記憶がある。

都響都響スペシャ「第九」(12月24日)

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 スワロフスキーによるベートーヴェン交響曲第9番木管楽器は倍管にして演奏され、なめらかで美しい第九であった
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2020年

 新型コロナウイルスの影響で全く行かれず…。

【N響】第1941回 定期公演 Bプログラム in サントリーホール

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はじめに

 本日は、NHK交響楽団第1941回定期公演Bプログラム。なんといってもヘルベルト・ブロムシュテットベートーヴェンだろう。世界最高のベートーヴェン指揮者でもあるヘルベルト・ブロムシュテットでしかも交響曲第5版である!そして、オーケストラは親密な関係を持つNHK交響楽団。これはもう行くしかない。
 なお、ヴィルヘルム・ステンハンマルブロムシュテットの重要なレパートリーの一つである。ステンハンマルは、スウェーデン出身の作曲家・指揮者であり、同国出身のブロムシュテットにとっても重要なレパートリーともいえる要素であろう。
 世界最高齢現役指揮者を生で見られ、その指揮者によるベートーヴェンば聴けるとは唯一無二の機会だろう。ブロムシュテットの指揮のスタイルは以下の記事を参照されたい。
law-symphoniker.hatenablog.com
 実際に、ブロムシュテット指揮:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団ベートーヴェン交響曲全集を購入し、1つの愛聴盤となった。ブロムシュテットベートーヴェンは非常に明晰であり、非常にスッキリした印象である。そして、AプログラムのブロムシュテットN響(特にニールセン)は凄まじかったらしく、94歳とは思えない音楽作りに感動したそうな。
 世界最高齢現役指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットと親密な関係を築き上げたNHK交響楽団とのベートーヴェンは如何に!?

www.youtube.com
 

本日のプログラム

www.nhkso.or.jp

ステンハンマル:セレナード

第1楽章:Overtura

第1楽章〈序曲〉は謝肉祭の喧騒を表すかのような陽気な気分と静謐かつ繊細な部分が交替する導入部で始まる。主部の主要主題は導入部の喧騒に基づく一方で、副次主題は厳かな聖歌を思わせる。再現部でこの聖歌に喧騒が顔を出す点が興味深い。 中間の3つの楽章は休止なしで続けるよう指示がある。
フィルハーモニー10月号より)

 マスクをつけてマエストロが登場。そして、一礼をし、マスクを外して曲が始まる。
 上記解説のように静謐かつ繊細な部分が交替する導入部で始まる。早速ブロムシュテットの特徴である繊細でシャープな弦楽器がホール内を一気に彩った。そして、ヴァイオリン・ソロは、コンサートマスターマロさんこと、篠崎史紀先生美しい甘美な音色が響き渡った
 副次主題はN響の荘厳で美しい音色に包まれ、ブロムシュテットの指示だろうか、透き通るような極めて透明度の高い音色が響き渡った。甘美な副次主題と、導入部の主要主題が交互に登場し、非常にメリハリのついた第1楽章である。最後は静かに終わる。

第2楽章:Canzonetta

第2楽章〈カンツォネッタ〉は3部形式による。ワルツにも似たリズムでクラリネットから憂いを持った歌が流れ始める主部に対し、長調へ転じる中間部は弦の響きが特徴的。
フィルハーモニー10月号より)

 民族的な三拍子。弦楽器のリズムに合わせて、美しいクラリネットが主部を奏でた。何故だろう。主役のクラリネットはもちろんであるが、それを支える弦楽器のリズムを刻む音が極めて美しく、クラリネットの甘美な音色を一層引き立てたのだ。第1楽章副次主題と同様に、高音→低音と音域の広い独特な主題は非常に印象深い。
 ここでも、ヴァイオリン・ソロがあり、マロさんの美しい弦楽器が響き渡った。
 第2楽章〜第4楽章は休みなし。続けて演奏される。

第3楽章:Scherzo

第3楽章は性格の異なるリズム が争い合うかのようなスケルツォで、作曲者自身は「粗野な間奏曲」と呼んだことがある。
フィルハーモニー10月号より)

 ブルックナー交響曲第5番第3楽章、同交響曲第6番第3楽章のスケルツォのような雰囲気である。決して94歳とは思えないような強い推進力で進んでいく。中間部(トリオ?)で、ホルンの牧歌的な主題が非常に印象深い。とにかくN響のホルンが凄かった!ステージ正面左側に座っていたせいか、ホルンの響きに圧倒された。
 最後にホルンの牧歌的な主題がシンバルを伴ってトランペットで演奏されるのだが、ものすごい迫力であり、ホール内は音楽の泉で溢れかえった

第4楽章:Notturno

第4楽章は夜なき鶯の模倣のような管楽器のソロもあり、表題の〈夜想曲(ノットゥルノ)〉のとおり、喧騒後の夜の静けさを表現していると思われる。途中で第3楽章の断片が現れるのは喧騒がまだ残っていることを示しているのだろうか。
フィルハーモニー10月号より)

 激しい第3楽章の次は緩徐楽章で一休み。N響の美しい弦楽器が響き渡り、非常に明瞭で繊細な響きであった。ブロムシュテットの醍醐味の一つである、シャープな美しさはここにあり!

第5楽章:Finale

最後の第5楽章は〈終曲〉とだけ題されてはいるが、夜明けを示唆するかのように、躍動的な音楽が現れる一 方で、雄大な歌も顔を出し、楽章全体をシンフォニックな響きへと誘っていく。
フィルハーモニー10月号より)

 セレナードの中でもっとも長い。第4楽章の雰囲気が継承されて第5楽章に入るのだが、徐々に盛り上がっていき、第1楽章のような明るさが登場する。
 最初からそうだったのだが、弦楽器、木管楽器金管楽器と全てが一体となり、ひとつの素晴らしい作品が出来上がっていった
 第5楽章は弾むような場面が多いため、ブロムシュテットは笑顔で指揮をしていたに違いない。僅かに見えた横顔は常に口角が上がっており、心から演奏を楽しんでいたに違いなかろう
 終わりに近づくとシンバルも追加され、非常に迫力ある演奏が繰り広げられた。とても94歳とは思えない音楽作り。その後は、弦楽器が美しい音色を奏でるも、最後は冒頭の弾むような主題が静かに奏でられ、本曲を閉じる。
 まだ、前半だというのにものすごい拍手だった。ひとつのコンサートが終わったかのような熱狂ぶりだった。聴衆も演奏者もブロムシュテットもハイテンションだったに違いなかろう
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ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調

第1楽章:Allegro Con Brio

 本日のメインディッシュ、ベートーヴェン交響曲第5番冒頭非常に厳しい運命動機を奏でたインパクト大の運命動機はやはり厳格である方が良い。提示部を繰り返し、展開部と入るのはいいも、本当に94歳の人が作る音楽なのだろうか。快速的テンポはブロムシュテットの特徴ではあるも、ものすごい推進力に圧倒され、気がついたら置いてかれてしまうほどだカラヤンとは違う、ブロムシュテットにしか生み出せない独特のパワー全開だった。
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 上記画像は再現部に入る少し前からの楽譜であるが、ここはものすごい迫力であり、トランペットが唸りを上げた。ちょうどトランペットの配置の真正面に座っていたからより一層すごかったのだろう。
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 そして、有名なオーボエのソロパート。その前の2音はグッとテンポを落として、オーボエのソロパートに入ったのは衝撃だった。強い推進力のままだと思いきや、タメたことに意表をついたのである。
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 私が第1楽章の中でもっとも好きな再現部第2主題。快速的テンポかつ強い推進力で奏でられた再現部第2主題は実に爽快であり、聴いていて圧倒された共に力が入った暗→明という構成を取る中、明るさへ若干顔を覗かせるハ長調の第2主題はたまらない。
 そして、運命動機が力強く奏でられ、第1楽章を閉じる。あっという間に第1楽章が終わってしまった。
 ちなみにマエストロは、第1楽章はマスクを付けたまま指揮をしていた。おそらく外し忘れてしまったのだろう。
 意思疎通が不完全な状態になってしまったと思うが、さすがはブロムシュテット×N響そんなことで揺らぐはずがない、極めて強い関係で結ばれている証拠であり、第1楽章から熱演だった。

第2楽章:Andante Con Moto

 途中で気がついたのだろう。マエストロは第2楽章が始まるときにマスクを外した。これで、N響との意思疎通が完全なものとなった。
 ヴィオラとチェロによって奏でられる第1主題は実に美しく荘厳であった。そして、行進曲風の堂々たる第2主題はトランペットが響き渡っており、実に華々しい第2主題であった。
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 私は2回目の第2主題(78小節目以降)の方が好きなのである。弦楽器が32部音符になっており、より一層華々しく活発的になるのである。しかし、トランペットが熱入りすぎてトランペット以外の楽器の音がかき消されてしまった(笑)。まぁ、座る位置のせいにしましょ。
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 そして、98小節以降のヴィオラとチェロの流れるような旋律がある。私はこの箇所も好きなのであるが、本当に見事な響きだった快速的テンポでありながら、重厚かつ甘美な音色(まさに「dolce」)が響き渡っており、いつまでも聴いていたい
 約10分程度の第2楽章もあっという間に終わってしまった。

第3楽章:Allegro

 チェロとコントラバスによる低音での分散和音のあとにホルンが第1楽章の運命動機を勇壮に奏でる。前半のステンハンマルもそうだったが、ホルンがとてもよく響いていた。本当に4人しかいないの?と思ったほどだ。
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 上記画像はトリオ部分。チェロとコントラバスによって奏でられるトリオは「象のダンス」ベルリオーズが呼んだ。ブロムシュテットはトリオ箇所も快速テンポで進んでいき、コントラバス奏者方はさぞ大変だったのではないでしょうか…
 そして静まりかえって第4楽章へ…。

第4楽章:Allegro

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 「ドーミーソー」とあらゆる楽器が奏で、特にトランペットが叫んだ。圧倒的な第4楽章の始まりに思わず震えた。第4楽章に入ったらもう凄まじいものだった。N響の演奏者はよほどブロムシュテットを尊敬しているのだろう。全員が熱のこもった演奏をしており、聴いている側枯らしてもそれが伝わった。特に首席チェロ奏者の辻本先生が激しく、弓がどこかへ飛んでいってしまいそうな勢いだった。今回はもう一方の首席チェロ奏者である藤森先生は降り番だったようでちょっと残念…。提示部を繰り返し、ホルンの壮大に奏でる場面は、まさに大海原のような壮大さだったブロムシュテットも楽しかったに違いない。
 ブロムシュテットは年齢のせいか動きは小さいものの、たまに腕を大きく動かしたり広げたりしており、それに伴って音が大きく壮大になっていた。言葉を失うほどの圧倒的な音楽にただただ酔いしれる第4楽章だ
 再現部に入りコーダへ向かうとさらに熱が籠る。
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 第4楽章336〜337小節の弦楽器がトゥッティで「ソドソミーレドソー」と奏でる場面があるのだが、私が第4楽章の中でもっとも好きな箇所なのである。たったの1〜2秒しかないのに、ベートーヴェンの力強さと弦楽器の美しさ重厚さが兼ね備えられた場面なのである。朝比奈先生のように重厚に奏でるのももちろんであるが、ブロムシュテットは舐めやらかに爽やかに奏でるも、重厚さがあった
 コーダになれば、弦楽器、木管楽器(特にピッコロ)、金管楽器ティンパニと全ての楽器が熱が入って圧倒的な音量を奏でた
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 そして、1音1音丁寧にかつ力強く奏で、壮大なフェルマータで締めくくった。あまりの熱狂さに圧倒され、それに伴い気がついたら感涙を流していた。

統括

 世界現役最高齢指揮者ヘルベルト・ブロムシュテット。その中でも、得意とするベートーヴェンを親密な関係を持つNHK交響楽団で、そしてベートーヴェン交響曲第5番という超名作を聴くことができたなんで唯一無二のことだろう。
 当然ながら初めてブロムシュテットを現実に見たのだが、思ったより平均的な身長で意表をついた。スラっとした印象があったため、外国人らしい高身長というイメージが勝手に自分の中にあった。しかし、指揮台立つと大きな姿に豹変する。真の巨匠だ。
 ベートーヴェン交響曲第5番が終わった後、鳴り止まぬ拍手に一般参賀が2回も行われた。一般参賀が行われた際、観客は全員スタンディングオベーションとなった。全員それほどブロムシュテットを楽しみにしていたはずに違いなかろう。
 指揮台に上がったり、段差がある場所は恐る恐る歩いていたが、それ以外はとても94歳とは思えない足取りだった。本当に94歳なんだろうか。
 レオポルド・ストコフスキーが94歳で現役で指揮をした。日本の大指揮者である朝比奈先生ストコフスキーの記録を余裕に超えると言われていたが、93歳でなくなってしまった。
 一方、ブロムシュテットは現在94歳で指揮を行なっている。来年は95歳ストコフスキーの記録を更新し、更なる進化・音楽を奏でてほしい
 もっとも、ブロムシュテットは、オーストリアウィーン・フィルとリハーサルをし、アムステルダムブルックナー交響曲第4番を演奏し、ベルリンでベルリン・フィルに客演した。94歳という年齢で世界中を飛び交っている。
 良い意味で化け物指揮者だ。これからも世界中に日本に素晴らしい音楽を届けてほしい。
 まだまだブロムシュテットN響の演奏は続くが、私かこれで終了。素晴らしい時間を過ごした。
 クラシック音楽館で放送される際は、必見である!!



次回のコンサート

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2021年12月24日
【東響】第696回定期演奏会in サントリーホール

tokyosymphony.jp

朝比奈隆(Takashi Asahina)

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朝比奈隆 [1908-2001]

朝比奈隆(Takashi Asahina)

1908年7月9日東京府東京市牛込区市谷砂土原町にて生まれる。
2001年12月29日兵庫県神戸市東灘区鴨子ケ原・甲南病院にて亡くなる。

 今回紹介する指揮者は、朝比奈隆日本を代表する名指揮者であり、現在も多くのファンがいる
 朝比奈先生は、特にベートーヴェンブラームスブルックナーおよびチャイコフスキー交響曲を数多く演奏してきた。特に、アントン・ブルックナーの巨匠として知られている。
 日本のオーケストラの録音が多いが、1953年にヘルシンキ市立管弦楽団に客演し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ハンブルク北ドイツ放送交響楽団との共演も行っている。最も有名なのは、シカゴ交響楽団の客演の際、ブルックナー交響曲第5番を振ったことだろう。アメリカ超名門のオーケストラを朝比奈先生の十八番を降ったのである。

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 日本においては、東京都交響楽団、東京交響楽団NHK交響楽団新日本フィルハーモニー交響楽団、そして、大阪フィルハーモニー交響楽団において、多数指揮をした。ベートーヴェンや、ブルックナーなどドイツ系作曲家の演奏を多数残した。もっとも、チャイコフスキーも多数録音しているようだが、私はロシア系の作曲家は殆ど聴かないので、その辺りは疎いことをご容赦願いたい。
 ベートーヴェンブルックナーも両方ともいえるのだが、朝比奈先生の特徴は、とにかく音が重厚なのである。そして、テンポもあまり速くなく、より一層重厚さが際立つのである。その朝比奈先生スタイルによるブルックナーはまさに音楽的建造物なのだ。特にブルックナーらしい交響曲であ交響曲第5番は朝比奈先生の演奏でぜひ聴きたいところでもある。朝比奈先生独特の重厚さは、ドイツ・スタイルではなく、ブルックナー・スタイル》なのだという。主題を伴奏を当分の強さで鳴り響き、f(フォルテ)指定されてあればガックの終わりまでfで、ディミヌエンヌをかけることは一切なく、すなわちオルガン演奏をそのままオーケストラ課したブルックナー流儀であり、だからこそドイツ人以上に重厚になるのだという*1
 そして、東京交響楽団NHK交響楽団と日本を代表するオーケストラを指揮しており、実際にその演奏は素晴らしいのだが、不思議と大阪フィルハーモニー交響楽団で、朝比奈先生の演奏を聴きたくなるのである。それもそうだろう。下記のように、戦後から最晩年に渡るまで、大阪フィルの音楽監督を務めたのだから、相思相愛の一言では済まされない程度の信頼関係が築き上げられたらに違いない。
 なお、朝比奈先生のブルックナーの演奏には、宇野功芳先生が多数ライナー・ノーツを執筆されており、朝比奈先生の評価について詳細に書かれているため、その演奏については多く引用するつもりである。
 ブルックナーを聴く者にとって、朝比奈隆という名指揮者が存在することを知っていて当然である。知らなかったとは言って欲しくない」
 日本には、世界も凌駕するほどのブルックナー指揮者がいたのだ。これは日本の宝物といえよう。朝比奈先生がいなかったら、日本に「ブルヲタ」という概念は存在しなかったに違いない。

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主なオーケストラの首席指揮者等の在籍

*1:宇野・同CD附属ライナーノーツ2頁

【追悼:ハイティンク】マーラー:交響曲第9番ニ長調を聴く(その1)

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はじめに

 今回は、マーラー交響曲第9番ニ長調グスタフ・マーラーは10個の交響曲を作成しており、順番に見ていくと、第1番・第2番…第8番・大地の歌・第9番となっている。なぜ、大地の歌交響曲第9番と名付けられなかったのか、それは「第九の呪い(ジンクス)」に由来する。「第九の呪い(ジンクス)」とは、文字通り、交響曲第9番を作曲すると死ぬ、というものだ。実際に、ベートーヴェンシューベルト*1ドヴォルザーク*2ブルックナーヴォーン・ウィリアムズなど主要な作曲家ばかりである。そして、グスタフ・マーラーもそのうちの1人であり、「死」から恐れたために、交響曲第9番と名付けず、「大地の歌」としたのが通説的である。
 しかし、大地の歌」を作曲した後に、交響曲第9番を作曲し、50歳という若さで亡くなってしまった。「第九のジンクス」は成立してしまったのである。
 実際に、この交響曲第9番は第1楽章と第4楽章が、マーラーが思う「死」というものを表現しており、特に第1楽章冒頭の不規則な動機はマーラーが患っていた心臓病の不整脈だと解するものも見受けられる*3。特に第1楽章は、金管楽器や打楽器が粟粒を生じさせるような恐怖で聴く者の肺腑を貫くようであり、マーラーは死を恐れ、のた打ち回り、悶え苦しんでいるものだ*4
 しかし、第2楽章は弾むようなレントラー、第3楽章の中間部は美しいトランペットの回想主題が盛り込まれ、全ての楽章で聴きどころがある素晴らしい作品である。そして、第4楽章は重厚な弦楽器が鳴り響くアダージョ。特に、最後の34小節は、コントラバスを除く弦楽器だけで演奏される。回音音型を繰り返しながら浮遊感を湛えつつ、「死に絶えるように(ersterbend)」で曲を閉じる。こうして、マーラーは静かに息を引き取った。
 この点について、第4楽章はオーケストレーションが薄く、のちに改訂されると予想されたものがあるが、これはこれで良いのだろう。
 そして、このマーラー交響曲第9番「最高傑作」と評されることもあり、私もその評価を支持する。

マーラー交響曲第9番ニ長調

ベルナルド・ハイティンクバイエルン放送交響楽団

評価:9 演奏時間:約80分
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 今回取り上げる演奏は、ベルナルド・ハイティンクバイエルン放送交響楽団の演奏である。2021年10月21日巨匠ベルナルド・ハイティンクが92歳で亡くなった。まさかの出来事であり、ハイティンクの追悼の意を込めた記事を書くことにした。ベルナルド・ハイティンクについては、以下の記事を参照されたい。
law-symphoniker.hatenablog.com

 それにしても、ハイティンク@SDBRについてはマーラー交響曲第9番の中でも後の方に書こうと思っていたが、まさかこのような形で書くとは思わなかった
 さて、この演奏であるが、バイエルン放送交響楽団とのライヴ演奏である。この公演の指揮者はもともとマリス・ヤンソンスだったのだが、風邪をこじらせてキャンセルとなってしまったため、代役として、ベルナルド・ハイティンクが急遽登場することになったというものだ。思わぬ巨匠の登場に多くのファンが驚きと楽しみが広がっただろう
 なお、マリス:ヤンソンスバイエルン放送交響楽団マーラー交響曲第9番の演奏についても同レーベルより販売している。

第1楽章:Andante Comodo

 少々不穏な出だし。この不規則な動機が第1楽章で主要な地位を占める。しかし、美しい弦楽器が何かを祈るように第1主題を奏でていく。当時82歳のベルナルド・ハイティンクが仏様のような穏やかな表情で丁寧に音楽作りをしていく姿が浮かんでくる。やがて第2主題に入り、金管楽器も加わって激しくなるのだが、ものすごい迫力だ。巨匠の底力が圧倒的なサウンドを奏でる。それにしても弦楽器の音色が穏やかで美しい。迫力ある金管楽器が冒頭の不規則な動機を奏で、長い展開部に入る。
 ハープの音色とともに弦楽器が奏でられるのであるが、非常に繊細な響きである。そして、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「人生を楽しめ(Freuet Euch des Lebens)」の引用箇所が奏でるのであるが、弦楽器の美しい音色とホルンの伸びやかで牧歌的な響きが見事に調和されており、激しい呈示部から一気に一休みとなるような癒しになる。しかし、ティンパニが響き始めると、また激しい場面となり、ハイティンクらしい力強い推進力を持って奏でられる。そして、再び第2主題を奏で、不穏な雰囲気が続いていく。テンポ見事に操り、物凄いストーリーを構築していく。ヴァイオリンのソロパートが聴こえ、そして、2回目の展開部の頂点部に入ると再び狂乱的に激しくなる。円熟期に入ったハイティンクもものすごい熱量を感じるも無駄に力まず、圧倒的な壮大さを演出する。その後の、銅鑼とトロンボーンの動機とティンパニの第1主題も強烈!!圧倒的な音圧である。まさに、「最大の暴力で(mit höchster Gewalt)」といえよう。
 やがて遠くから鐘の音が聴こえると再現部に入る。激動の展開部である。この再現部は途中かなり不規則であり、複雑な構成である。ハイティンクもここも丁寧に演奏し、決して濁さない。フルートが高いところから次第に降りてきて、コーダに入る。
 コーダはヴァイオリンの独奏と木管楽器が幻想的に奏で、静かに第1楽章を閉じる。

第2楽章:Im Tempo Eines Gemachlichen Landlers

 ABCBCABAという順序で入れ替わり現れる。Aの部分は活発的なテンポで実に明るい。まるで気分も弾んでいくようだ。
 Bに入るとキレのある主題を奏でていく。ハイティンクの強い推進力が十分に発揮されているようだ。その強い推進力において行かれないようにしなければならない。82歳の巨匠がここまで強い推進力を引き出すのは恐れ多い。高音の叫び、低音の力強さが見事に調和されており、大満足のB部分である。
 そして、落ち着いた印象のCに入る。ハイティンクの特徴として、C→Bに移る時、Bの導入部分を物凄いテンポ落としてBに入るのである。これがあって、ハイティンクマーラー交響曲第9番なのである。聴いていて非常に元気があり、心地よいレントラーはお見事。そして、再びC→A→Bとなり、今度は少し激しく狂乱的になる。しかし、テンポは少し遅めにであり、しっかりしたテンポで奏でられていくから非常に丁寧である。途中のトランペットも伸びやかであり、本格的な後半部を奏でていく。
 最後に静かにAを奏でて第2楽章を閉じる。

第3楽章:Rondo, Burleske

 ABABC(中間部)Aという構成。快速的テンポで強い推進力をもってA部分を奏でていくハイティンクの強い推進力が活きる箇所だ。
 そして、Bに入ると弾むような楽しい部分であるが、ここも強い推進力を持って進んでいく。なお、この演奏で注目すべき点があるが、美しいCに入る前のBの部分でクラリネットが音を外してしまう。ライヴ録音の一つの醍醐味といえよう。やがてシンバルが打たれるとCに入り、ニ長調でトランペットが柔らかく回音音型を奏する。非常に幻想的で極めて美しい。若干シベリウスの北欧の夜の雪景色が垣間見えるような雰囲気である。第4楽章の美しさが第3楽章にて少々露出してしまっているようだ。このCの部分は何を聴いても美しく、最も好きな部分だ。
 そして、コーダとも言えるAであるが、狂乱的に締め括るのであるがテンポはそこまで早くはないが迫力は物凄い!

第4楽章:Adagio

 いよいよ、最終楽章。短い序奏が奏でられ、主要主題に入る。全体で約23分と若干早めのテンポであるが、バイエルン放送交響楽団の美しく幻想的な弦楽器が極めて美しい。しつこくなく、爽やかに進んでいく第4楽章もまた素晴らしい。強弱を見事に操り、聴き応えのある演奏を繰り広げる第4楽章でもハイティンクの熱量は伝わってくる。途中のホルンも牧歌的美しく、その後の弦楽器の厚みのある音色も素晴らしい。ヴァイオリンといい、チェロといい、コントラバスといい、全ての弦楽器が主役となって主要主題が繰り返されていく
 中間部に入るとハープのリズムに木管楽器がやや寂しげに奏でる。徐々に盛り上がり、主要主題を力強く奏でる。ここからやや長い時間をかけてクライマックスを築いていく。金管楽器が吼え、トロンボーンが力強く主要主題を奏でて圧倒的なクライマックスである。その後のヴァイオリンの悲痛な叫びのような下降音階のあと、ホルンの堂々たる主要主題も圧倒的な音量である。巨匠ハイティンクによる圧倒的なクライマックスだ。
 本当の最後、最後の34小節(アダージッシモ)は、息を呑むほどの繊細さと美しさに包まれる。ただ、ここでも多少テンポが早く、途中緩めたりすることなく一直線に奏でられている。そして、弦楽器の和音とともにヴィオラが冒頭の序奏を断片的に奏で、消えゆくように終わる…終わる…終わる……

 ベルナルド・ハイティンク、安らかに…。ご冥福をお祈りいたします。

*1:現在「ザ・グレイト」は「交響曲第8番」とし、未完成交響曲は「交響曲第7番」とされているが、ここでは「ザ・グレイト」を交響曲第9番、未完成交響曲は「交響曲第8番」として扱う。詳細については、 フランツ・シューベルト - Wikipedia の「3 作品演奏の諸問題」を参照されたい。

*2:交響曲第9番新世界より」は、当時交響曲第5番として出版された。初めの4曲は生前には出版されなかったため番号が振られなかったためである。

*3:交響曲第9番 (マーラー) - Wikipedia

*4:宇野・前掲68頁