鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

【書評】『湖底の光芒』松本清張

本の簡単な紹介

本のタイトル・出版社

  • 『湖底の光芒』(光文社、2018年)*1

作者

 福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生れ。給仕、印刷工など種々の職を経て朝日新聞西部本社に入社。41歳で懸賞小説に応募、入選した『西郷札』が直木賞候補となり、1953(昭和28)年、『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞。1958年の『点と線』は推理小説界に“社会派”の新風を生む。生涯を通じて旺盛な創作活動を展開し、その守備範囲は古代から現代まで多岐に亘った。
新潮社掲載より引用(松本清張 | 著者プロフィール | 新潮社

あらすじ

 遠沢加須子は、夫の遺した中部光学というレンズ製造会社を諏訪で経営している。親会社の倒産で苦境にたった時、手をさしのべてきたのは、ハイランド光学の専務・弓島邦雄だった。親会社の横暴に泣く下請業者の悲哀、加須子にのびる欲望の影、そして奔放な義妹・多摩子の愛憎の果てに、悲劇がおとずれる……。
 ミステリーの醍醐味を凝縮した長編推理小説
 光文社掲載より引用(湖底の光芒 松本清張 | 光文社文庫 | 光文社

なぜこの本を読んだのか

 前回『点と線』(新潮文庫、2023年)を読みました。
law-symphoniker.hatenablog.com
 それ以来、松本清張先生の作品を読んでみようと思いました。また、私自身光文社レイアウト文字のフォントが好みでよく購入します。そこで、松本清張先生の作品で光文社出版の本を探したところ、本書に出会ったわけです。さらに松本清張プレミアム・ミステリー」と題された作品であって非常に惹きつけられ、このシリーズを読んでみようと思ったわけです。しかも、本作品は平積みして販売されていました
 さて、松本清張先生のミステリーの世界を見てみましょう。

自分の考えや本への想い(以下、ネタバレ注意!!!)

 さて、本作品であるが、ミステリーといえば何を思い浮かべるだろうか。殺人事件、行方不明、爆破予告といった刑事事件や警察が登場して事件を解明、犯人を特定するものを想像するだろう。
 しかし、本作品はそのような刑事事件は登場しない。警察も登場しない。西村京太郎を読み続けきた私にとっては新しいミステリーを味わった。
 本作品の主人公は中部光学というレンズ製造会社を諏訪で経営している遠沢加須子。そして、加須子の経営を支援しようとするハイランド光学の専務・弓島邦雄。さらに、加須子の義理の妹である多摩子。この三人との関係で歪んだ愛情関係、家族関係、そして親会社と下請会社との関係が続く。
 遠沢加須子は弓島から支援をする等の話を持ちかけられているが、亡き夫の後を引き継ぎ、弓島の支援について疑問を呈する。もっとも、多摩子も中部光学の役員となり、加須子を中部工学から追い出してハイランド工学の子会社となる旨を企てる。対立する姉妹関係、そして歪んだ愛情関係(?)の弓島と加須子と多摩子の関係。そして、妙に気になる弓島邦雄。私はなんとなく弓島の行動については鼻につく人物だった。
 そして、何よりこの物語の舞台は長野県なのである。長野県は我が地元であり、非常に親近感のある地名等が出てくるので非常に物語の内容が想像することが容易にできた。そして、『湖底の光芒』の題名の意味は最後の最後になってわかるようになっている。その一説を紹介しよう。ちなみに「光芒」とは、「光のほさき。彗星などのように尾を引いて見える光の筋。」をいう

 多摩子はオールの水の中(注:諏訪湖)におろしたが、どうしたことか、それは片方だけだった。
 「弓島さん」
 多摩子が不意に呼んだ。今までの声とは少し調子が違っていた。
 「何だい」
 「この湖の底に何が溜まっているかご存知?」
 多摩子は水に浸したオールを動かさないで訊いた。
 「さあ、この下は岩だとか石ころだとか泥だとか、そんなものじゃないかな。遊覧船の客が投げたジュースの空缶やビール瓶もあるだろうな」
 「ううん、それだけじゃないわ。カメラのレンズがいっぱい溜まっているそうよ。
 弓島は声を呑んで多摩子の微笑している顔を見つめた。
 「可愛い玉よ。ガラスのおはじきみたいなのがいっぱい。磨かれて透き徹ったものもあるし、幻魔されない前の、半製品の不透明なものもあるわ。それが何十万、何百万と捨てられてあるの」
 「…………」
(467頁。太文字筆者)

 どうも、中小企業が親会社によって振り回され、不要になった製品は諏訪湖に沈め捨てられていたようなのだ。さらに、悲劇な結末を迎える。
 多摩子と水島は、湖底にあるガラス玉に横になるのだ。そう、2人は諏訪湖に投身するのである。

 弓島は最後に見た。うす暗い湖底に堆積する何万何千もの眼を。ー水面から徹してくる幽かな光線は、廃品のカメラのレンズを青白い鬼火のように発光させていた。苛めた下請業者の怨霊が光っていた。
(469頁。太文字青字筆者)

 本作品の『湖底の光芒』(光文社、2018年)とは、「苛めた下請業者の怨霊」だったのだ。
 もっとも、最後に加須子は「多摩子さんはどこに行っているのかしら」と呟くのだが、多摩子は諏訪湖の湖底に沈み、帰らぬ人となったのだ。弓島と共に。

まとめ

 単なる事件を解明するのがミステリーではない
 それを教えてくれたのが本作品だった。本作品では企業間でのやり取りが多く、「手形」と呼ばれるものが多く登場する。
 司法試験でも商法という科目では「手形法」が一応試験科目の対象となる。手形法はIT化が進む今日でも今だに口語体の条文である。

第十七条 為替手形ニ依リ請求ヲ受ケタル者ハ振出人其ノ他所持人ノ前者ニ対スル人的関係ニ基ク抗弁ヲ以テ所持人ニ対抗スルコトヲ得ズ但シ所持人ガ其ノ債務者ヲ害スルコトヲ知リテ手形ヲ取得シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ

 しかし、紙の手形(有価証券)は2026年で廃止されるため、この法律も残りわずかとなる。現在は電子記録債権が使われている。
 このように、手形でやり取りしている描写は昭和のミステリーを彷彿される。弓島専務も偉そうだ。

 今も松本清張先生の作品を読んでいる。しばらくは松本清張先生にのめり込む日々が続くであろう。

*1:1986年1月 講談社文庫刊