鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

【書評】『象の白い足』松本清張

本の簡単な紹介

本のタイトル・出版社

  • 『象の白い足』(光文社、2017年)

作者

 福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生れ。給仕、印刷工など種々の職を経て朝日新聞西部本社に入社。41歳で懸賞小説に応募、入選した『西郷札』が直木賞候補となり、1953(昭和28)年、『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞。1958年の『点と線』は推理小説界に“社会派”の新風を生む。生涯を通じて旺盛な創作活動を展開し、その守備範囲は古代から現代まで多岐に亘った。
新潮社掲載より引用(松本清張 | 著者プロフィール | 新潮社

あらすじ

 取材でラオスの首都ビエンチャンを訪れていた石田伸一が、メコン河畔で死体で見つかった。谷口爾郎は取材と称し、石田の死の真相を調べるべく、ビエンチャンに入る。石田の通訳兼ガイドとして共に行動していた山本実に案内を頼み、死ぬまでの足跡を辿っていくが……。内戦に揺れるラオス国内の混沌とした現状が殺人事件と絡み合い、謎は深まるばかり──。(象の白い脚 松本清張 | 光文社文庫 | 光文社

なぜこの本を読んだのか

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 引き続き、松本清張プレミアム・ミステリーより。このようなシリーズ化していると片っ端から読みたくなるものだ。『馬を売る女』推理小説集だったので、松本清張先生の長編の作品を読んでみたかったので、松本清張プレミアム・ミステリーの中から長編作品を選んだ。

感想

 上記でも述べたが、松本清張プレミアム・ミステリーのうちの一つの作品であるが、長編推理小説ではなく「長編小説」と作品名に付されている。そうすると、推理小説ではないのか?という疑問があるが、微妙なところである。実際に読むと「長編小説」を実感させられた。普段推理小説を多く読んでいるが(他のジャンルももちろん含む)、結構良い具合に「一」「二」と区切られている。しかし、『象の白い足』は殆ど区切られておらず、約420頁ある物語でもたったの4つしか区切られていなかった。したがって、歯切れの悪いところで栞を挟まざるを得ず、物語の全体を掴むのはなかなか至難なことだった。
 さて、全体的な感想はここまでにして、『象の白い足』の舞台は珍しく外国のラオス人民民主共和国🇱🇦である。ご覧の通り、内陸国である。

 あらすじでも述べたが、主人公である谷口爾郎は取材でラオスを訪れていた石田伸一が死体で見つかり、石田の真相を調べるためにラオスへ訪れる。ラオスについた谷口爾郎は山本実というラオスに在住する日本人とであり、ラオスについて通訳やガイドを行う。谷口爾郎は石田伸一と動向を追うように同じような行動をとり、ラオスに到着したら石田伸一が泊まったとされるオテル・ロワイヤルでテントを張る。石田伸一は9号室を利用したところ、谷口爾郎が訪れたときは先客がいた。なんと、その先客は谷口爾郎ラオスへ訪れる際に飛行機で隣に乗っていた乗客であったのだ。冒頭ではアメリカ人であったが、オーストラリア人であり、名前はペティ・ブリングハムという。
 しかし、後に谷口爾郎が判断するにはペティ・ブリングハムが9号室で殺害されたらしい。あの、石田伸一と同じだ。なぜ殺害されたのか…?そして、その後、山本実が行方不明になる。もっと言えば、山本実は殺された谷口爾郎は石田伸一がなぜ殺害されたのかその真相を追うとともに、山本実が殺害されたその真相も追及することになる。ラオスにおいて、石田伸一の死、山本実の死、ペティ・ブリングハムの死が発生した。
 後に、谷口爾郎シモーヌ・ポンムレーというフランス人にである。このシモーヌは何かを知っているようだった。特に、シモーヌ谷口爾郎に対して「ラオ・英会話」という本を貸し与えるのだが、その英文には不自然な架線が引かれていたのだ。

 I lived there for two years などはまだいい方で、I am single だとか Picture とか moon となると、これが何かのスペルを分解した字だとわかった。谷口は第一ページから、というのはアンダーらぢんの最初のページかƒらが書き出しだろうと思って、鉛筆の字だけを拾ってみた。《They ever have lived in Rangoon during the war.》と成句を得たときは、谷口は全体の解読に急に熱心になった。

 というように、英文で謎解きが用いられている。夏目漱石三島由紀夫といった東大卒の文豪とは異なり、板櫃尋常高等小学校を最終学歴とする松本清張先生が英文を使ったトリックを編み出すとは知識の幅広さに圧倒されるばかり。そして、終盤に近づくにつれておそらく山本実や石田伸一が訪れ、ここがきっかけで殺害されたであろう場所に行き着く。そこは焼却場であり、塵芥焼却場であった。タイ語の新聞が焼かれていたのだ。
 物語を読めばわかるのだが、ラオスにおいて、オテル・ロワイヤルでは不思議なことにタイの新聞が数日遅れていたり入荷が不十分であったり謎な要素があった。この謎はここで解明されたが、あくまでも谷口爾郎の推定に過ぎなかった。
 そして、最後に驚愕の出来事が待っていた。谷口爾郎シモーヌが上記塵芥焼却場から帰り、アメリカ人から借りた車のお礼にアメリカ村に訪れた。なんと、そこで出会ったアメリカ人は、間違いなくペティ・ブリングハムだった。その理由は谷口爾郎が以下のように綴っている。

 《ぼくは、オーストラリア人ペティ・ブリングハムという名の男が生存していたのを見て、はじめて自分がオテル・ロワイヤルから追い出された理由がわかった。ぼくがあれ以上、ホテルにいると、9号室でオーストラリア人と称するアメリカ軍人と字艦長の他殺したいとの入れ替えのトリックが某露する危険があると思われるからだ。ぼくが石田伸一の怪死の原因をいろいろとさぐっているので、その好奇心の活動がそこに及ぶのを恐れたのだろう。いうまでもなく、オテル・ロワイヤルは国営のホテルだ。軍部の息が十分にかかっている》

 そして、『点と線』でもお馴染みといえようか、主人公の長い手紙が解決を示している。谷口爾郎は一応の考えを書いているが、その後は奇妙な終わり方だった。
 谷口爾郎はタードゥア付近のメコン川に浮いていたところをタイの荷船に拾い上げられ、蘇生したが精神が狂っていた。また、白タクの運転手を務める中国人であるリュウは溺死体となっていた。どうも襲撃したのはリュウのようであり、山本も石田を殺した犯人はリュウの可能性がある。
 ただ、そこだけにとどまり、結果的に石田伸一、山本実、そして谷口爾郎の精神状態を破壊させた犯人は誰なこかははっきりしない

まとめ

 推理小説とは「多く犯罪に題材をとり、犯行の動機や方法、犯人の特定などが筋を追うごとに解かれてゆく興味を主眼とする小説。探偵小説。ミステリー。」と定義することができる。しかし、この『象の白い足』「長編小説」というものがタイトルに付されている。
 上記のように石田伸一・山本実の死というものははっきりと判明しなかったし、真相も明らかにすることができなかった。真相が明らかにならなければ推理小説ではないのか。石田伸一の死の真相を明らかにする話であるが、なぜ「推理小説」ではないのか。その点も気になるところ。
 しかし、松本清張先生が外国ラオスを舞台に、それも英文でトリックを発案しているところは無限大の知識量を備えていることを推定される。この幅広い知識を生かしたミステリーは松本清張文学の醍醐味であり、虜になるのだ。
 古き良き昭和の時代。平成生まれの私でも昭和の世界を羨ましく思う。