鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

【書評】『砂の器』(上巻・下巻)松本清張

本の簡単な紹介

本のタイトル・出版社

作者

 福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生れ。給仕、印刷工など種々の職を経て朝日新聞西部本社に入社。41歳で懸賞小説に応募、入選した『西郷札』が直木賞候補となり、1953(昭和28)年、『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞。1958年の『点と線』は推理小説界に“社会派”の新風を生む。生涯を通じて旺盛な創作活動を展開し、その守備範囲は古代から現代まで多岐に亘った。
新潮社掲載より引用(松本清張 | 著者プロフィール | 新潮社

あらすじ

 東京・蒲田駅の操車場で男の扼殺死体が発見された。被害者の東北訛りと“カメダ”という言葉を唯一つの手がかりとした必死の捜査も空しく捜査本部は解散するが、老練刑事の今西は他の事件の合間をぬって執拗に事件を追う。今西の寝食を忘れた捜査によって断片的だが貴重な事実が判明し始める。だが彼の努力を嘲笑するかのように第二、第三の殺人事件が発生する……。
(新潮社より引用・上巻)(松本清張 『砂の器〔上〕』 | 新潮社

 善良この上ない元巡査を殺害した犯人は誰か? そして前衛劇団の俳優と女事務員殺しの犯人は? 今西刑事は東北地方の聞込み先で見かけた“ヌーボー・グループ”なる新進芸術家たちの動静を興味半分で見守るうちに断片的な事実が次第に脈絡を持ち始めたことに気付く……新進芸術家として栄光の座につこうとする青年の暗い過去を追う刑事の艱難辛苦を描く本格的推理長編である。
(新潮社より引用・下巻)(松本清張 『砂の器〔下〕』 | 新潮社

なぜこの本を読んだのか

感想(ネタバレ注意)

上巻

 国電蒲田駅が最初の舞台。そして、蒲田駅近くの車両車庫で事件が起こる。
 何よりも、実際に蒲田駅の近くには車両車庫があるのだ。実際の現実世界を舞台に架空の事件が起きる「社会派」松本清張先生。現在も蒲田駅京浜東北線が通っている。この作品に登場する京浜東北線は7両編成で運行されていた時代だ(現在は10両編成で運行されている)。
 そして主人公である今西刑事は被害者や犯人を特定する上で必要な「カメダ」を追う。犯人どころか被害者すら身元がなかなか割れない難事件に今西が挑む(のちに被害者は三木謙一と割れる)。そして、「カメダ」を探しに秋田県へ向かったところ、秋田でヌーボー・グループというものに遭う。ヌーボー・グループは若手のグループであり。評論家の関川茂雄・前衛画家の片沢睦郎・劇作家の武辺豊一郎・建築家の淀川龍太・演出家の笹村一郎・作曲家の和賀英良の若手のグループである。彼らはいっさいの既成観念や制度、秩序を破壊するためにあった若いグループである。この時点でなんとなく犯人の匂いがするが確信が掴めない。
 特に関川には女がいた。それも、クラブで知り合った女である。松本清張の物語には男女の縺れは欠くことのできない要素だ。名前は成瀬リエ子。しかし、関川が成瀬の家に遊び新田時に、向かいの部屋で麻雀をやっていた大学生に顔を知られてしまう。そして、関川は成瀬いに引っ越しを強要させたものの、引っ越し先が今西の近所のアパートだった。さらに、成瀬は自殺をしてしまう。ひょっとしたら、関川が殺したのではないかと思ったが睡眠薬を200錠近く飲んでいたようであり、失恋自殺として片付けられた。
 そして、成瀬を知る宮田邦郎と今西が話すことができた。そして、宮田が今西に成瀬のことを話すことを約束した次の日に宮田が事故死にあう。ただでさえ手がかりか少ない難事件であるにも関わらず、次々と重要な人物が亡くなってしまう。
 尤も、この上巻と下巻の区切りが素晴らしいの一言!今西とともに秋田へ行った吉村だがなんら手がかりもなく東京に戻ってきたが、秋田ではヌーボー・グループに会い、そして亀田で見た謎の男は宮田邦郎ではないか、ということが発覚した。そして、上巻の最後の文が良い味を出す。

「そこまで言いかけると、吉村の目が光ってきた。」

下巻

 下巻に入っても今西は幾多の困難にぶつかる。今西はヌーボー・グループのリーダー的存在である関川茂雄の戸籍を調べたりするも、期待のできるような回答は得られなかった。さらには、何か手掛かりを掴むために三重県伊勢市・石川県・大阪と各地を巡る。しかし、残念ながら事件の解決に導くための証拠や手がかりは一向に現れなかったし、大阪では空襲によって肝心な情報が失われていた。
 ところが、今西刑事が北陸(石川)から帰って秋田を共にした吉村と話した際に、妙な事件があった。押し売りがとある田園調布の家を訪ねたところ、体調不良を訴えたのだ。これが事件の解決の大きな手がかりとなるのだが、第「14章無声」の段階では知る由もない。事件解決の鍵となるのがいわゆる「音」というものだ。ここから、事件解決に徐々に近づいていくのである。その全貌が明らかになった時は凄まじい感覚が身体中に巡った。
 結論から述べると、犯人は和賀英良だ。しかし、和賀を逮捕したのは電波法違反である。本作品にも電波法が引用されていたが、ここでも引用しよう。

(電波法)
第四条 無線局を開設しようとする者は、総務大臣(当初は郵政大臣)の免許を受けなければならない。ただし、次に掲げる無線局については、この限りでない。
一 〜 四 (略)

百十条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
一 第四条の規定による免許又は第二十七条の二十一第一項の規定による登録がないのに、無線局を開設したとき。
二 〜 十二 (略)

 最後の最後で今西が今回の事件の全貌について語る場面がある。あまりにも長大なので要点を絞ろう。

  • 和賀宅に立ち入った際、電子音楽の作曲家であるが部屋に置かれていた機械は人体に極めて危険な状態になり得るもので合った。
  • 本浦秀夫という人部がいる。その父である本村千代吉は秀夫と共に島根県亀嵩付近に到達した。父千代吉が業病を患い、癩療養所に預けられ、秀夫は三木謙一巡査が造った保育園に預けられていた。
  • 秀夫はやがて亀嵩を脱走し、消息不明となる。もっとも、秀夫は大阪方面へ向かったと考えられた。
  • 三木謙一は依願退職をし、伊勢市へ旅行に出かけた。そこで映画館へ足を運ぶがそこには記念撮影の写真があった。その写真は劇場主(田所市之助)が最も尊敬する現大臣(田所重喜)とその娘(田所佐知子)そして、大臣の愛娘である婚約者も写っていた。和賀英良だ。
  • 三木謙一は和賀英良ではなく、かつて自分が世話をしていた本浦秀夫の面影を発見した。三木健一の記憶力は強く、二度目に確かめて確信をもった。そう、本浦秀夫と和賀英良は同一人物だったのである。
  • 和賀英良は大臣の愛娘とも婚約したところ、三木健一が訪ねてきたのだ。和賀英良が三木健一を蒲田駅付近のバーに誘った時点ではすでに殺意があった。もし自分の前歴が暴露された場合婚約が破棄される可能性があったことや、これまでの経歴を詐称していたことも暴露される恐れがった。これが、本浦秀夫いや、和賀英良が三木謙一を殺害する大きな動機となった

 なんとなく関川茂雄が怪しかったが、まさかの和賀英良が犯人だったとは。もっとも、三木謙一を殺害したのは物理的方法であったが、宮田邦郎と関川の愛人三浦恵美子は電波を操って心臓麻痺等によって殺害している。
 スマートフォンどころか、携帯電話さえ普及していないこの時代に電波という先端的技術を使って殺害するとは松本清張先生の発想には驚かされた。

まとめ

 おそらく初めて、上巻・下巻と別れた推理小説を読んだ。
 それにしても、今西の粘り強い捜査のおかげで何事件が解決した。私は「最後はどのように解決されるのだろうか」と思いながら読み進めていた。今西が何か閃いて行動を起こして土地を訪れるも手応えなし。この今西の悔しさは私にも伝わった気がする。
 全てを読み終えた後、今西の非常に粘り強い捜査に対する努力は凄まじいものだろう。この努力は故・三木謙一の評価と同等レベルの賞賛が値するに違いないだろう。
 この本を読んで思った。

 やはり松本清張先生の作品はすごい!