Introduction
作品紹介
今回は、ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調を取り上げる。ベートーヴェンの交響曲第5番は、クラシック音楽の中で最も有名な作品の一つである。もう私のブログで何度も作品の概要について述べているので簡潔に概要をまとめる。
概要
今回取り上げる演奏
演奏者の紹介
ヴォルフガング・サヴァリッシュ
経歴と功績
サヴァリッシュは1923年8月26日にミュンヘンで生まれ、5歳からピアノを始めた。彼のキャリアは1947年にアウクスブルク市立歌劇場で始まり、その後バイエルン国立歌劇場の音楽監督を務めるなど、ドイツ音楽界の中心的存在となった。
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音楽スタイルと評価
サヴァリッシュの指揮スタイルには以下のような特徴がある。
- 細やかで正確な指揮:サヴァリッシュは、すべてのパートに対して目が届く指揮者として知られている。共演した合唱指揮者からは「指揮台から投網をかけられているようだ」と評されるほど、細部まで行き届いた指揮をしていた。
- 正統的で奇をてらわないアプローチ:彼の演奏スタイルは奇をてらったところがなく、正統派の解釈で知られている。評論家の宇野功芳は彼の指揮を「外科医のよう」と表現し、精密さと正確さを強調している。
- 合理的で効率的なリハーサル:NHK交響楽団(N響)の楽員たちがサヴァリッシュを高く評価した理由の一つに、「リハーサルが非常に短く合理的」であることが挙げられる。これは、長時間の厳しいリハーサルを行う他の指揮者とは対照的である。
- ドイツ・オーストリア音楽への強い親和性:サヴァリッシュは特に古典派・ロマン派から近代までのドイツ・オーストリア音楽に強みを持っている。彼の指揮感覚がN響のレパートリーをドイツ音楽に偏向させた一因とも言われている。
- 指揮者としての強い個性:室内楽の演奏においても、サヴァリッシュは強い個性を発揮している。N響のコンサートマスター徳永二男は、サヴァリッシュとの室内楽演奏について「完全に彼の指示通りに演奏した」と述べており、通常の室内楽とは異なる経験だったと語っている。
これらの特徴から、サヴァリッシュは精密で正確、かつ効率的な指揮スタイルを持ち、特にドイツ・オーストリア音楽において卓越した解釈を示した指揮者であることがわかる。
レパートリーと得意分野
ヴォルフガング・サヴァリッシュは特に以下の作曲家の作品で高い評価を得ている
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
- ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
- リヒャルト・ワーグナー
- フランツ・シューベルト
- フェリックス・メンデルスゾーン
- ロベルト・シューマン
- リヒャルト・シュトラウス
特にリヒャルト・シュトラウスのオペラでは、カール・ベーム亡き後の伝道師的存在であった。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は、世界的に有名なオランダのオーケストラである。以下にその特徴と重要な点をまとめる。
国際的な評価
- 世界的な知名度:頻繁な海外公演と多数の録音により、国際的な名声を確立している。
- 録音実績:公式発表によると、「千に近い録音」を行っている。
指揮者
1988年以降、リッカルド・シャイーが首席指揮者を務め、オーケストラ史上初の非オランダ人指揮者となった。前任者のベルナルト・ハイティンクは名誉指揮者に任命されている。
国際的な活動
ヨーロッパの主要都市(ベルリン、パリ、ロンドン、マドリード、ザルツブルグ、ウィーンなど)だけでなく、南北アメリカ、中国、日本を含む極東地域でも公演を行っている。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は、その独特の音色、豊富なレパートリー、そして国際的な活動により、世界のトップクラスのオーケストラとしての地位を確立している。
演奏の分析
ヴォルフガング・サヴァリッシュ:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
評価:8 演奏時間:約32分
第1楽章:Allegro Con Brio
提示部。格調高く厳格に運命の動機を奏でる。第1主題において、一音一音丁寧に取り扱うような演奏はやはり正統派ならではの演奏である。そして、第2主題の弦楽器や木管楽器も非常に美しく丁寧な音楽である。この丁寧でながらもどこか情熱的なところもサヴァリッシュの魅力の一つである。この内に秘めるような熱さが良いところはカール・ベームにも共通する。提示部繰り返しあり。
展開部。ホルンのファンファーレで展開部へ移行する。第1主題の3連符も非常に丁寧であり、時にはアクセントを効かせて迫力ある演奏を展開する。この微妙なバランスがとても素晴らしい。カラヤンのような前面的な演奏でもなく、ベームのような地味さでもない瑞々しい音楽である。
再現部。迫力ある第1主題である。やはり再現部第1主題の迫力さはこの曲の全体を左右する。そして、C-Durの明るい第2主題は非常に活発的であり、提示部のやや薄暗い雰囲気から一変して光が差し込んだような神々しさである。やはり、神々しい光が差し込むような再現部第2主題の方が良い。
コーダ。再現部第1主題と同等かそれ以上の充実さと熱量を持って締めくくる。正統派と知られるサヴァリッシュであるがどこか情熱的なところも垣間見えるのである。
第2楽章:Andante Con Moto
緩徐楽章である。冒頭のチェロの第1主題はコンセルトヘボウ管らしい独特の甘美な音色が響き渡る。この弦楽器の音色はやはりベルリン・フィルやウィーン・フィルとは違う音色である。コンセルトヘボウ管しかなしえない独特の弦楽器による第1主題は必聴である。そして、第2主題は「黄金の」音色という表現に相応しい音色である。甘美な弦楽器と黄金の音色を持つ金管楽器による第2主題は素晴らしいハーモニーである。
そして、2回目の第2主題になると黄金の金管楽器の音色が輝かしく、裏で鳴り響く弦楽器の旋律がより活発的で高揚感が強い。そして、その後のチェロの流れるような32連符の連続は重厚感のある甘美な音色が響き渡り、それがヴァイオリン→全合奏へ移行するとサヴァリッシュの情熱さが上昇していく。
個人的にこの第2楽章の内容次第でこの曲全体の内容を決定づける楽章ではないかと思っている。第1楽章で迫力ある演奏をすることはどの指揮者の演奏でも概ね共通しているように思える。しかし、第2楽章は第1主題に対する緩徐楽章であり、繊細で美しく甘美な演奏をする必要があるから、求められる内容は正反対に位置付けられているように思う。
この点、サヴァリッシュの第2楽章は非常に美しく、コンセルトヘボウ管が持つ美しい音色を十分に引き出している。
第3楽章:Allegro
主部。ホルンの雄大な音色を持って第1楽章第1主題を演奏する。実に勇壮に演奏されており、第1楽章の迫力ある演奏が蘇るようだ。サヴァリッシュも燃えているようだ。
トリオ。通称「像のワルツ」であるが、やはり誤魔化さないで一音一音丁寧に連符を奏でている。まさに期待通りのサヴァリッシュの演奏である。これぞ正統派なのである。
そして、静寂になり第4楽章のアタッカへと準備が進んでいく。
第4楽章:Allegro
提示部。黄金の輝かしいトランペットの音色が華々しく第1主題を奏でる。そして、その後のホルンにおいては一切力まず、むしろ木管楽器の方が目立って聴こえる珍しい演奏である。そして、第2主題でも自然体を貫き、優しく穏やかん弦楽器の音色が非常に素晴らしい。いかにもサヴァリッシュらしい音楽である。そして、驚いたことに正統派指揮者であるサヴァリッシュであるが、提示部繰り返しを省略した。
展開部。第2主題を基調とする展開部である。美しい完備な音色を響かせる木管楽器から金管楽器へと徐々に迫力を増していく。しかし、全面的に押し出されるような圧倒的な音楽ではなく、ベームのように自然ながらも全体を底上げするような情熱さが伝わってくるのである。緻密に構成された自然体な音楽の素晴らしさを十分に体感することができる演奏である。
再現部。再び堂々とした第1主題が幕を開ける。このあたりは提示部とほぼ同様の演奏であるから、少々省略しよう。しかしながら、アクセントはしっかり付けているのが印象的でメリハリのある音楽である。
コーダ。いよいよこの作品も終わりが近づいてきた。金管楽器が大活躍する第4楽章であるが、コンセルトヘボウ管の「黄金の」音色が非常に素晴らしく神々しい音色が響き渡るのである。ブルックナー交響曲第8番の言葉を借りるのであれば「勝利」を掴んだようだ。コンセルトヘボウ管が持つ音色を十分に引き出して美しく神々しく壮大なフィナーレを構築しており、圧倒的なフィナーレである。フルトヴェングラーのように速いだけではなく、このように真正面からアプローチした正統派のベートーヴェンも素晴らしいのだ。
演奏の個性
やはり、正統派のアプローチに基づくベートーヴェンは格調高く素晴らしいものだ。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーやクラウス・テンシュテットのような個性的な演奏も良いが、王道をいくのも良いだろう。
そして、ヴォルフガング・サヴァリッシュはドイツ系の指揮者であり、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団はオランダのオーケストラと異国同士のコンビであり、両者ともに密接な関係があるという情報もない。しかしながら、サヴァリッシュの正統派のアプローチから生み出された音楽はコンセルトヘボウ管の持つ音色を十分に引き出した素晴らしい音楽であった。
総括
演奏の総評
さすが音楽評論家として名を馳せた宇野功芳先生の評判だけあって「将来はベームをより近代化したような名匠になるだろう」 という表現以外の評価は難しいくらいだ。何度も何度も繰り返しているが正統派に基づくアプローチを基調とし入るが、時には情熱で熱気のこもった演奏を展開することもある。その時の表情は大変厳しく、音楽に対する真剣度が極めて高いことが窺える。尤も、燃焼度の高さについてはカール・ベームと比較して少し劣るのではないかというのが私の持論である。
指揮の様子としてN響との「ブラームス:交響曲第4番」の演奏を共有しておく(サムネが悪い)。
なお、正統派指揮者として他にどのような指揮者がいるのか下記に列挙しておく。
- カール・ベーム
- ハンス=シュミット・イッセルシュテット
- オトマール・スウィトナー
- マリス・ヤンソンス