鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調を聴く(その1)

Introduction

 ベートーヴェン交響曲は全て名曲であると思う。中でもこの交響曲第2番ニ長調作品36」ニ長調の朗らかな陽気と第2楽章の甘美な美しさが備わった作品である。交響曲第2番ニ長調作品36」は1801年〜02年に作曲されたとされているが、ベートーヴェンが自分の聴覚の以上に気がついたのは1789年頃とされている*1。この交響曲第2番ニ長調作品36」と深い関係があるのが「ハイリゲンシュタットの遺書」である。「ハイリゲンシュタットの遺書」1802年10月6日と10日に、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットから弟子たちに宛てた手紙である。しかし、「遺書」といっても自らの生命を断つことを前提にしたものでもなく、ベートーヴェンが死後に他の書類と共に彼の書斎机の引き出しの奥から発見されたものであり、弟子たちがベートーヴェン生存中に呼んだ可能性も少ないと考えられている*2。主な内容としては、弟子二人の幸せを祈り友人たちの愛と感謝を述べたり、死による死による救済を求めるかのような弱音、死の恐怖と戦いながら強く生き抜くこうとする意思表明がある*3。尤も、10日の手紙では精神的な乱れの中で描かれた様子が窺えるものである。文末には、自分の遺した財産などを公平に分け、兄弟仲良く互いに助け合いながら生きることなどベートーヴェンの死後に実行するよう内容も記されている*4。また、楽家として誰にも打ち明けられない難聴の病のゆえに、それを覚えられるのではないかという恐怖からの社交の場を避けざるを得なかったを人々に正しく伝えるようなことも記されている*5。特に交響曲第2番ニ長調作品36」は全体的に明るいが、その要因は、経済的に順風に乗り始めたり、対女性関係もあったとされる。そうした明るい感情がその時期にの作品に反映したと考えられている*6
 朝比奈先生もこの交響曲第2番ニ長調作品36」については比較的好印象を抱いており、じっくりとしたテンポで演奏されたいことも述べている*7。特に第1楽章序奏部は長くニ長調ながらの明るさと共にベートーヴェンらしい荘厳さもある。中でも、下降音階はベートーヴェン交響曲第9番第1楽章第1主題のようである。もっとも好む場面は第4楽章大コーダである。弦楽器がppの状態で繊細な音色を奏でた後にffのD音が強烈に鳴り響いて締めくくるのである。朝比奈先生は新日本フィルとのリハーサルの際には「これが本当のff!いきなり悪魔が出てくるようなffで!」「びっくりするような大きな音で!ホルンとトランペット、もっと出せ!」と要求されていたようだ*8
(「【読響】第635回定期演奏会 in サントリーホール」(後日公開)と同内容)

ベートーヴェン交響曲第2番ニ長調

ウォルフガング・サヴァリッシュロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

評価:8 演奏時間:約35分

第1楽章:Allegro Con Brio

 序奏部。堂々かつ丁寧な二つの打点で幕をあける。聴くだけで十分にわかる上品な音色。どこか自然な音色であるにも関わらず、サヴァリッシュの作品に対する情熱さも感じる。そして、交響曲第9番第1楽章を彷彿させる場面は一気に登場し、過ぎ去っていった。
 提示部。まさに爽やかで明るく進んでいく。軽やかな第1主題は実に爽やかであり透き通るような印象を与えるその後の木管楽器の第2主題も美しく輝いている。正統派を窮めるサヴァリッシュベートーヴェンはこんなに美しく精緻な音楽なのである。(提示部繰り返しなし)
 展開部。第1主題を基調とするが、随所に散見される金管楽器の音色は迫力ある音色を響かせるが華がある。
 再現部。提示部同様に第1主題と第2主題を奏でる。自然な音楽ながらも多少枯れ切った味わいを魅せるベームとは対照的に瑞々しさがある
 コーダ。この交響曲第2番の第1楽章と第4楽章のコーダはかなり長い。第1主題を基調としており第2の展開部を形成するかのようである。それにしても金管楽器が加わった時の和音は非常に美しく思わず恍惚とするフィナーレは実に華々しいものであり、すべての楽器の音色がしっかりと響いており大きなスケールを形成して締めくくるベートーヴェンの数少ないフェルマータで集結する点ももちろん良し。

第2楽章:Andante Con Moto

 提示部なんという美しい出だしなのだろう。弦楽器の瑞々しく透き通るような美しさの後に木管楽器が加わっても同様に美しい。この第1主題の美しさはベートーヴェン交響曲の中でも随一の美しさだろう。コンセルトヘボウ管の円やかで甘美な音色が非常に印象的である。第2主題の弦楽器の音色も素晴らしいものである。繊細な音色の奥に澄んだ美しさが潜んでいるかのようだ。美しい植物の茎の中に新鮮で澄んだ水分を含んだようなものだ。
 展開部。提示部第1主題を断片的に繰り返されるが、盛り上がると頂点部を形成する。展開部で楽章全体の頂点部を形成するのは後の交響曲第3番「英雄」の第2楽章のようだ。弦楽器が勇ましい打点を刻みながら第1主題を断片的に繰り返す場面は徐々に熱を帯びてくる
 再現部。再び美しい第1主題が戻ってくる。そして型通りに第2主題も再現する。
 コーダを迎えて美しくも朗らかな第2主題を終える。緩徐楽章出会ってもサヴァリッシュの全てのパートを捉えた演奏は緻密で丁寧である。

第3楽章:Allegro

 快速的テンポで主部をかける。気持ち速めのテンポが気分を高揚させて一気に明るい雰囲気へ引き込むスケルツォ楽章なのであるから多少元気がある方が良いだろう。
 トリオは木管楽器が可愛らしく穏やかに奏でられる。その後の弦楽器は快速的なテンポながらも重厚感ある音色を響かせている。
 再び主部に戻る。文字数が少なく特筆すべき点がないかと思われるが、それほど自然体な音楽なのである

第4楽章:Allegro

 キリッとした印象を与える第1主題。そして、穏やかな木管楽器による第2主題。第1楽章のように実に爽やかであり透き通るような印象を与える
 展開部では主に第1主題が扱われている。交響曲第9番のような緊張さも垣間見えるが、サヴァリッシュの丁寧な音楽作りによってベートーヴェンの荘厳さや緻密さがはっきり現れる。時には熱のこもった場面もある
 大きな波を描いた後に再現部へ。キリッとした第1主題→穏やかなチェロの経過句→甘美な音色の第2主題へ移り行く。この第2主題が若干F-Durの雰囲気に変わるところがミソな気がする。単なる反復ではない。
 そして、長いコーダへ。全体を通して第1主題が反復しても用いられているようである。コーダ中盤あたりに静寂な中からffの強烈な和音は金管楽器の交えて非常に格好良い演奏であるカラヤンのような強烈さはないが虜になる和音である。
 カラヤンのような派手さはないが、ベームのような地味さもない。自然な音楽の中に燃える情熱さが含まれている音楽がサヴァリッシュの音楽なのだろう。

*1:音楽之友社編『作曲家別名曲解説ライブラリー③ベートーヴェン』(音楽之友社、1992年)29頁[門馬直美]

*2:平野昭『作曲家◎人と作品-ベートーヴェン』(音楽之友社、2012年)65頁

*3:平野昭『作曲家◎人と作品-ベートーヴェン』(音楽之友社、2012年)65頁

*4:平野昭『作曲家◎人と作品-ベートーヴェン』(音楽之友社、2012年)65頁

*5:平野昭『作曲家◎人と作品-ベートーヴェン』(音楽之友社、2012年)65頁

*6:音楽之友社編『作曲家別名曲解説ライブラリー③ベートーヴェン』(音楽之友社、1992年)30頁[門馬直美]

*7:東条碩夫編『朝比奈隆 ベートーヴェン交響曲を語る』(中央公論新社、2020年)38頁以下[朝比奈隆

*8:東条碩夫編『朝比奈隆 ベートーヴェン交響曲を語る』(中央公論新社、2020年)55頁以下[朝比奈隆