鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

【書評】『十戒』夕木春央

本の簡単な紹介

本のタイトル・出版社

作者

  • 夕木春央(1993-)

 2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。同年、改題した『絞首商會』でデビュー。
 近著に『サーカスから来た執達吏』がある。
 講談社掲載より引用(『方舟』(夕木 春央)|講談社BOOK倶楽部

あらすじ

 殺人犯を見つけてはならない。それが、わたしたちに課された戒律だった。

 浪人中の里英は、父と共に、伯父が所有していた枝内島を訪れた。
 島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。
 島の視察を終えた翌朝、不動産会社の社員が殺され、そして、十の戒律が書かれた紙片が落ちていた。
“ この島にいる間、殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。守られなかった場合、島内の爆弾の起爆装置が作動し、全員の命が失われる”。
 犯人が下す神罰を恐れながら、「十戒」に従う3日間が始まったーー。

 講談社掲載より引用(『十戒』(夕木 春央)|講談社BOOK倶楽部

なぜこの本を読んだのか

 今回は、夕木春央『十戒です。
 実をいうと「方舟」を読み始めるに前に購入したものです。時間ができてたくさんの本を読もうと思い、本屋に立ち寄った際に早速見つけました。
 面白いことに、「方舟」の作品とは実に対照的な作品です。「方舟」については以下の記事を参照してください。
law-symphoniker.hatenablog.com
 ひとことで言えば、「方舟」は極限の状態の中で殺人犯を見つけなければならない作品です。しかし、十戒は全く真逆の作品です。本の帯には以下のものが書かれています。

「殺人犯を見つけてはならない。それがわたしたちに課された戒律だった。」

 そう、前作では殺人犯を見つけなければならなかったが、本作品では殺人犯を見つけてはならないのです。
 一体どのような作品なのでしょう。

自分の考えや本への想い(以下、ネタバレ注意!!!)

 結論から述べよう。「方舟」の結末も衝撃的だったが、この作品の結末も衝撃的だった。
 一応の主人公である大室里英の他に里英の父、綾川さん、藤原さん、小山内さん、草下さん、野村さん、矢野口さん、澤村さんの九人で里英の伯父が残した枝打島に行く。枝打島にはいくつかの建物があるが、作業小屋の中にはなんと爆弾が仕掛けられてあった。そんな中、小山内さんが殺された。それも、背中にはクロスボウが刺さっており崖下に死んでいたのだ。そして、犯人からの戒律が課されたのだ。それが本タイトルである「十戒」である。

  1. 島内にいるものは、今日これから三日間の間、決して島の外に出てはならない。
  2. 島外に、殺人の発生や、それに限らず島の状況を伝えてはならない。当然、警察に通報してはならない。
  3. 迎えの船は三日後の夜明け以降に延期し、各人は、身内や関係者に、帰宅が三日間遅れることを連絡しなければならない。その際には島で何かが起こったかは伝えず、しかし怪しまれることのなるよう努めなければならない。
  4. 各人は通信機器を所持してはならない。スマートフォンは全て回収し、容器に納め封印し、必要が生じた場合にのみ、全員の合意の下で使用しなければならない。
  5. 当該との連絡は、互いの監視の下で行わなければならない。メールやSNS等のやりとりは文面を全員で確認し、通話は全員に内容が聞こえるように配慮しなければならない。連絡は、島に留まることを、当該のものに怪しまれないために必要な内容に限らなければならない。
  6. 島内では、複数人が三十分以上同座し続けてはならない。三十分が経過するごとに、最低五分は席を離れ、一人で過ごさなければならない。
  7. カメラ、レコーダー等を使って、島内で発生したことを記録してはならない。
  8. 各人は、それぞれ寝室に一人のみ起居し、他者の部屋を訪ねる際はノックを欠かしてはならない。
  9. 脱出、もしくは指示の無効化を試みてはならない。
  10. 殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。その正体を明かそうとしてはならない。殺人犯の告発をしてはならない。


(75頁)

 この戒律に違反した場合は、島全体が爆発し全員の命が失われることを覚悟せよというものである。
 しかし、戒律が課された後、残念なことに二人殺される。矢野口さんと藤原さんが殺されるのだ
 それでは戒律を課した者、または、小山内さんや矢野口さんを殺した犯人は誰なのか?
 それは、綾川さんが緻密な論理によって暴き出された。それも、爆破装置を起動することはあり得ないと言い切り、藤原さんが犯人だという。しかし、藤原さんは殺されているはず…。綾川さん曰く、藤原さんの近くにあった右足は矢野口さんのものであり、別途の戒律によって藤原さんか否かを確かめることができなかったから、本当に藤原さんが殺害されたのかは真偽不明とのことだ。
 なるほど、あの島のどこかではまだ藤原さんは生存しており、起爆装置のスイッチを持っているのだと。

 と思っていたが、最後の最後で思わぬ真相が明らかになる。それも巧みな表現によって。

 そろそろ大丈夫だろうか?ここまで来れば、爆発が及ぶ心配はしなくてもいいだろうか?そう思い始めた頃だった。
 「里英ちゃん、ちょっと甲板に行かない?」
 そう、わたしは犯人に声をかけられた。
 「はい。そうですね」
 わたしたち二人は、船室のドアを開け、船尾の方へと向かった。
(279頁)

 犯人に声をかけられた?藤原さんなのか、それは違った。実際の犯人は綾川さんだったのだ。つまり、緻密な論理によって藤原さんに罪を覆い被せたものの、藤原、小山内、矢野口の3人を殺し、十戒を課したのは綾川さんだったのだ。それも、綾川さんが犯人であることは大室里英は知っていたのだ
 しまいに綾川さんは起爆装置を持っており、島ごと爆破させた挙句、起爆スイッチは爆破の衝撃と共に海に放り投げたのだ。これで綾川が殺人犯であることを示す物的証拠は存在しない。
 

まとめ

 なんとなく、綾川さんが犯人なのではないか?という推測をたてて読み進めていた。しかし、それはなんとなくといったもので根拠という根拠はない。
 本作品でも最後の最後で驚いた。緻密な論理で犯人を示した者が犯人だったのだ
 これだからミステリーは面白い。

『想像を絶する真相があなたを待つ。』