Symphonikerの音楽鑑賞日記

クラシック音楽を趣味とする早大生

マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調を聴く(その1)

Introduction

 今回は、マーラー交響曲第5番嬰ハ短調を取り上げる。その理由としては、前回のベートーヴェンと同じように、2022年7月16日に行われる【東響】第701回定期演奏会のプログラムに本曲が演奏されるからである。

 このマーラー交響曲第5番嬰ハ短調は、私にとって非常に思い入れのある作品であり、私が初めてマーラーの作品を聴いたのがこの作品である。叔父が所有していたCDを借りては聴いており、その時は、小澤征爾ボストン交響楽団の演奏であったことを記憶している。

 もっとも、その後に、レナード・バーンスタインウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のCDも見つけ、聴いたところあっという間に後者の演奏に乗り移ってしまった(この演奏については、いつか記事に上げることにする)。

 どこかでも述べた気がするが、私は小澤征爾の音楽が何が良いのかがわからない。何が人気なのかは全くわからないのである。しかし、一曲だけ小澤征爾の演奏で感動したものがあった。その中身については、また別のお話…。
 さて、このマーラー交響曲第5番嬰ハ短調の魅力に取り憑かれたのは、第1楽章の暗く、大迫力の演奏と第5楽章の最終部の華やかで迫力ある演奏。これが一気にマーラーの世界に引き込まれたことを記憶している。そして、第3楽章の「ホルン協奏曲」とも呼ばれるほど、ホルンが活躍する場面も忘れてはいけない
 さらに、マーラー交響曲第5番にはアルマ・マーラーとの関係で以下のエピソードがある。面倒臭いのでWiki先生からそのまま貼り付ける。

  • マーラーがアルマと出会ったのは、交響曲第5番の作曲中である。メンゲルベルク*1によると、第5番の第4楽章アダージェットはアルマへの愛の調べとして書かれたという。アルマがメンゲルベルクに宛てた書簡によると、マーラーは次の詩を残した。「Wie ich dich liebe, Du meine Sonne, ich kann mit Worten Dir's nicht sagen. Nur meine Sehnsucht kann ich Dir klagen und meine Liebe. (私がどれほどあなたを愛しているか、我が太陽よ、それは言葉では表せない。ただ我が願いと、そして愛を告げることができるだけだ。)」
  • アルマの回想によれば、アルマは第5交響曲を初めて聞いた際、よい点を褒めつつも、フィナーレのコラールについて「聖歌風で退屈」と評した。マーラーが「ブルックナー*2も同じことをやっている。」と反論すると、アルマは「あなたとブルックナーは違うわ。」と答えたマーラーはこのときカトリックに改宗し、その神秘性に過剰に惹かれていたとアルマは述べている。
  • アルマはこの曲のパート譜の写譜を一部手伝っている。初演は1904年10月にケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団によってなされたが、アルマの回想によると同年はじめにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるリハーサルがなされたという。アルマはその様子を天井桟敷で聴いていた。アルマはこの曲を細部までを暗記していたが、ある箇所が打楽器の増強により改変されてしまったことに気付き、声を上げて泣きながら帰宅してしまう。それを追って帰宅したマーラーに対しアルマは「あなたはあれを打楽器のためだけに書いたのね」と訴えると、マーラーはスコアを取り出し赤チョークで該当箇所の打楽器パートの多くを削除したという。
  • マーラーは1905年から第5番の改訂に取りかかるが、これには、アルマの意見もとり入れられたという。

(下線部筆者)

 2点ほど補足しよう。2つ目のエピソードであるが、後述するように、第5楽章において第1主題と第2主題が対位的に演奏される。対位法交響曲といえば、ブルックナーであり、実際にマーラーブルックナーの講義に出席していた。しかし、本曲とブルックナーとは全く曲調が異なるのであり、ブルックナーのような荘厳さではなく、華やかさが全面的に出ている。したがって、類似性はあるものの、雰囲気は全く異なるのである。
 もう一点は、3つ目のエピソードである。「アルマはこの曲を細部までを暗記していたが、ある箇所が打楽器の増強により改変されてしまったことに気付き、声を上げて泣きながら帰宅してしまう。」とあるが、暗譜しており、なおかつ、ある箇所が改変されていることがわかるとはよほどこの曲について知っていたことが窺える。私じゃ無理。振り返れば補足というような補足じゃなかったなぁ…。

 さて、このシリーズで一番最初の演奏は、ロリン・マゼールウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を取り上げる。マゼールウィーン・フィルマーラーの演奏は少し持っていたのだが、「全部聴いてみたい」ということで全集を購入したのである。そのうちの一枚である。
 全集を通して奇数番号は各楽章において細分化されており、1楽章で3〜5くらいのトラックになっている。細分化されていると、どの部分の演奏か分かりやすくなるため、この演奏を最初に取り上げることとした。

マーラー交響曲第5番嬰ハ短調

ロリン・マゼールウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:9 演奏時間:約72分

第1楽章:Trauermarsch

Trauermarsch
 静寂な中、トランペットの音色が響き渡る。そして、大爆発したかのようなど迫力。これぞマゼールの真骨頂のようだ。このファンファーレ如何によってこの後続いていく第5番の行方を左右すると言っても過言ではなかろう。
 そして、弦楽器による主要主題が奏でられる。マゼールらしいテンポの揺らし方であり、マーラーの物語を構築する。それにしても、さすが「葬送行進曲」なだけあって陰鬱で暗い。
Plôtzlich Schneller. Leidenschaftlich. Wild
 第1トリオである。トランペットの伸びやかな音色が響き渡るが、それを支えるオーケストラの唸り具合がすごい。第1トリオは、この強烈な迫力といい、うねりはマーラー交響曲第9番第1楽章を彷彿させる。マゼールの熱のこもった演奏は必聴であろう
Tempo 1
 再び主要主題が登場し、弦楽器ではなく木管楽器によって演奏される。ティンパニの小さな小さな冒頭部分のリズムの後、第2トリオである。ホルンの伸びやかな音色と、美しい弦楽器が折り重なってやがて激しくなっていき、強烈な場面を迎える。この演奏に限らず、SONY盤は音質が非常に良く奥行き感も十分に伝わってくるのである。
 そして、冒頭のファンファーレが静かに奏で、静寂に第1楽章を終える。

第2楽章:Stürmisch Bewegt

Stürmisch Bewegt. Mit Größter Vehemenz
 やや遅めのテンポで厳格に第2楽章の幕を開ける。第1楽章の余韻が残りつつ、勇ましい音楽が続いていく。おそらく遅めの演奏されており、しっかりとした演奏であり、かつ丁寧な音楽である
第2主題のチェロは滑らかに奏でられており、クラリネットの存在感も大である。重厚感ある低音と繊細な高音が折り重なる第2主題は私の好きな場面でもある。それにしても、この第2主題はどこかで聴いたことあるような感じがしたのだが、第1楽章、第二の中間部(恐らくTempo1)の動機に基づいている
Langsam Aber Immer
 展開部。第1楽章のような静寂感に包まれる。その中、途切れそうにチェロの音色が響く。マゼールの繊細な音楽作りが窺える。ここでも、遅めの演奏で厳格さが加わっており、繊細で美しいヴァイオリンの音色には恍惚とする。後半になると、明るい行進曲調になるが、第1主題が戻ってきて再現部となる。このしっかりとしたテンポがより一層行進曲であることを再確認する。その後の再現部第2主題が引き摺るように登場し、力強く演奏されているこの力強さが堪らないのだ!!
Nich Eilen
 そして、再現部第2主題が演奏された後、輝かしい金管楽器のコラールが待っている。実に壮大な音楽に加え、輝かしいロータリー・トランペットが吠える!!思わず太文字にしてしまった。さらに、木管楽器のベル・アップもしっかりとわかるほどの音色が届いてきた。第2楽章の名場面である。
 大迫力の演奏はあっという間に小さくなり、第1楽章と同様に静寂に消え去る。

第3楽章:Scherzo

Scherzo
 ホルン協奏曲の始まり。マゼールらしい独特の始まり方であるが、ホルンの雄大な音色は実に素晴らしい。第1主題は、ヴァイオリンの繊細な高音とともに、重厚感あふれる低弦楽器の音色、そしてグロッケン・シュピールの音が可愛らしさを齎す。テンポはそこまで速くなく、第2楽章と同様にしっかりとした足取りで進められていく。
 途中のトロンボーンやホルンの低音が迫力ある音色に満足である。
Etwas Ruhiger
 レントラー風の旋律を持つ第2主題がヴァイオリンで提示される。しかし、あっという間に第1主題が登場する。それにしても、ホルンの音色は迫力ある音色であるウィーン・フィルのホルンは、フレンチ・ホルンを用いてるが、そのせいなのか、それともSONY録音なのか…。
 そして、静かになっていく。
Molto Moderato
 ピッツィカートが3拍子を刻んでいく。ここにおいて、快速的テンポで進んで行き滑らかに美し演奏されていく。ホルンが第3主題を奏でていく。堂々たる第1主題とは異なり、静寂な場面が中心的であるため、各々の楽器が繊細な音色を響かせている
 再び第2主題が登場したら展開部。やがて激しくなり、ホルンが力強い音色と共に、ホルツクラッパーが鳴り響く。
Tempo 1
 そして、再現部第1主題。冒頭のホルンの音色が再び登場する。やはり形を変えて演奏されており、私は再現部第1主題の方が好みだ。より一層華やかに演奏されており、マゼールのマジックが披露されたように様々な楽器が輝かしく鳴り響いているテンポは揺れに揺れており、統一感があまりない演奏であるが、場面に応じたテンポの揺らしは歌曲や何かの演劇を見ているかのようである。このようなドラマティックな演奏は、マゼールの人気がある理由に行き着くのではないだろうか。
Tempo 1 Subito
 第3主題の再現。しかし、あまり長くは再現されず、コーダに入る。コーダではテンポは速めず、ゆっくりとしたテンポで壮大に奏でらている。しかし、狂乱具合は凄まじい
 そして、第4楽章へ。

第4楽章:Adiagietto

 ルキノ・ヴィスコンティ監督による映画『ベニスに死す』で使用されたことで有名である。三部形式
 冒頭、ハープの音色とウィーン・フィルの美しい弦楽器が織り成す究極の美しさである。長大で数々の場面を見せた第3楽章の後に、これほど美しい第4楽章を持ってくる音楽構成はどうやったら思いつくのか、マーラーの頭の中の伺ってみたいものだ。相当マゼールの熱量が入っているせいか、かなり弦楽器に熱のこもった演奏が繰り広げられている
 マーラー交響曲第9番第4楽章との類似性も指摘できなくはないが、場面の相違性が指摘されるところではある。
 中間部ではやや表情が明るくなり、ハープは沈黙、弦楽器のみで憧憬を湛えた旋律が登場するが、これは第5楽章でも再び登場するのである。
 素晴らしい第4楽章を終えた後、第5楽章へ…。
 演奏時間は約10分。

第5楽章:Rondo: Finale

Rondo-Finale
 美しい第4楽章の後は、華やかな第5楽章へ。冒頭ホルンの優しい音色からファゴットの上昇音、オーボエの可愛らしい音色によって第5楽章の幕を開ける
 ホルンの柔らかい音色によって第1主題が奏でられていく。わかっていながらも、この第1主題から華やかなコーダにどのように変遷していくのかいつも楽しみである。非常に印象的な第1主題である。
 低減楽器が第2主題を奏で始める。力強く重々しいと思わせるが、すぐにヴァイオリンによって受け継がれ、一気に華やかな場面へと移り変わる。マゼールの落ち着いたテンポによって奏でられる提示部は安定感がある。そして、断片的に金管楽器が加わってくるのもまた良い。
 恐らく、展開部であろうか。ロンド形式であるから、スコアなしで判別するのが困難である。その後の柔らかく、大きな波を描くように弦楽器が奏でられる場面は大変素晴らしい。大編成な曲であるから時には壮大に音楽を奏でてほしいところである。
 その後、少しずつ楽器が増していき盛り上がっていく。トロンボーン音色が強烈に響いたり、木管楽器や弦楽器等が煌びやかに奏でている
Nicht Eilen. A Tempo
 フルート等の木管楽器が下降して、第2主題と第1主題が対位的に進んでいく。そして、フィナーレを思わせる場面へ変遷し、トランペットが高らかに奏でていく。束の間の盛り上がりであるが、その後のヴァイオリンの繊細な音色と共に、マゼールの極めて独特なテンポによって進められていく
Grazioso
 木管楽器がリズミカルに奏でていく。2拍子で行進曲風ではあるものの、スラーによって非常に滑らかに演奏されているのである。
 やがて、楽器が増えてコーダへ。
 トランペットが華やかに鳴り響き、あらゆる楽器が鳴り響いき、圧倒的な華やかさに驚かされる。マゼールの巧みなテンポの揺らしによって、迫力さが増している。
 もっとも、テンポは急激に速くしたりすることなく、ホルンの雄大な音色と共に力強く締め括る。
 鬼才!ロリン・マゼール恐るべし

*1:ウィレム・メンゲルべクル[1871年3月28日 - 1951年3月22日]。オランダの指揮者。フランツ・ヴュルナーの弟子であるため、ベートーヴェン直系の曾孫弟子にあたり、ベートーヴェン解釈には一目を置かれた。過去に、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団首席指揮者[1895-1945]、ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督[1922-1930 ]、ロンドン交響楽団首席指揮者[1930-1931]を務めた。

*2:アントン・ブルックナー[1824年9月4日 - 1896年10月11日]。オーストリアの作曲家、オルガニスト交響曲と宗教音楽の大家として知られる。当ブログでも何度か登場し、私が好きな作曲家でもある。