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クラシック音楽を趣味とする早大OB

【読響】第690回名曲シリーズ in サントリーホール

introduction

 今回も読響の演奏会へと足を運んだ。クリエイティヴ・パートナーを務める鈴木優人先生による、この任期を締めくくる「最終章」のプログラムである。鈴木優人先生と読響の共演を聴くのはこれで2度目で、前回はあの「第九」を堪能した。
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 あらゆる音楽的才能を兼ね備えた鈴木優人先生であるが、今回は古典派を代表する二大作曲家の作品を取り上げる。バッハをはじめとするバロック音楽に深く精通した彼が、この古典派の「王道」からどのような音色を響かせるのか、非常に楽しみである。
 もっとも、今回もまたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲がプログラムに並んでいる。私にとってこの曲は、もはや「良縁」なのか「腐れ縁」なのか判然としないが、過去2年間でこれで3度目の鑑賞となる。
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ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調

 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調は、「協奏曲の王」とも称えられる気品と壮大なスケールを兼ね備えた不朽の名作である。

基本情報
  • タイトル:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
  • 作曲年:1806年。ベートーヴェンの創作が円熟へと向かい、「傑作の森」と称される多産で充実した時期の作品。
  • 初演:1806年12月23日。ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場にて、名手フランツ・クレメントの独奏により行われた。
  • 特徴:ベートーヴェンが完成させた唯一のヴァイオリン協奏曲であり、メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキーと並び「四大ヴァイオリン協奏曲」の一つに数えられる。

 「協奏曲」とは、独奏楽器とオーケストラが対話するように進む音楽を指す。本作は単なる技巧の披瀝に留まらず、独奏とオーケストラが深く、長く語り合う点に最大の魅力がある。

楽章構成
  1. 第1楽章:Allegro ma non troppo
  2. 第2楽章:Larghetto
  3. 第3楽章:Rondo: Allegro

 全体の流れは、「雄大に始まり、静かに歌い、最後は軽やかに踊る」という三部作の構成として捉えるのが定石である。

聴きどころ
  • 冒頭のティンパニ:開始早々、ティンパニが「ト・ト・ト・ト・トン」と同じ音を5回静かに刻む。極めて独創的な導入である。
  • 第1楽章の対話:独奏ヴァイオリンが登場するまで数分を要し、その後もオーケストラと交互に歌い合う。じわじわと広がる雄大な世界観が特徴。
  • 第2楽章の静謐さ:終始穏やかで、ヴァイオリンが人の声のように、あるいは祈りのように歌い続ける。
  • 第3楽章のリズム:跳ねるような元気なメロディが何度も戻ってくる「ロンド形式」。最後は明るく、華やかに締めくくられる。
音楽史上の位置づけと深掘り
  • 音楽史における意義:本作は、古典派の形式を厳格に維持しながらも、オーケストラと独奏を交響的に融合させ、後のロマン派協奏曲(ブラームス等)への道筋をつけた金字塔である。
  • 受容史の変遷:初演当時は必ずしも絶賛されたわけではなく、しばらくは演奏機会が限られていた。しかし1844年、当時12歳のヨセフ・ヨアヒムがメンデルスゾーンの指揮で本作を演奏し大成功を収めたことで、レパートリーの「王座」へと復権した経緯がある。

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モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」

 モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」は、彼が書き上げた最後の交響曲であり、古典派音楽の到達点とも称される輝かしい傑作である。この作品は溢れんばかりの創造力と緻密な作曲技術の結晶であり、時代を超えて聴衆を魅了し続けている。

基本情報
  • タイトル:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」(副題は死後、その神々しさから名付けられたもの)。
  • 作曲年:1788年8月10日完成。第40番の完成からわずか2週間余りで書き上げられた。
  • 初演:モーツァルト存命中の演奏記録は確認されていないが、死後すぐにヨーロッパ各地で演奏され、圧倒的な評価を確立した。
  • 演奏時間:約30〜40分。

 「交響曲」とはオーケストラによる多楽章形式の音楽だが、本作は「太陽のようなハ長調」の輝きに満ちている

楽章構成
  1. 第1楽章:Allegro vivace(速く、活発に)―― 堂々とした、祝祭的な始まり。
  2. 第2楽章:Andante cantabile(ゆったり歌うように)―― 繊細で美しい歌。
  3. 第3楽章:Menuetto: Allegretto(優雅な舞曲)―― 宮廷的な気品。
  4. 第4楽章:Molto Allegro(非常に速く)―― 全てが重なり合う壮大な終曲。
聴きどころ

 もっとも有名なのは、第4楽章に登場する「ド・レ・ファ・ミ」という4つの音による短いメロディ(ジュピター音型)である。これが何度も姿を変えて現れ、最後には全ての楽器がうねるように重なり合うフィナーレは圧巻である。

  • 音楽史における頂点:本作は、ハイドンから受け継いだ古典派形式の完成形であると同時に、後のベートーヴェンが開くロマン派の扉を予感させる。特に第4楽章は、J.S.バッハから学んだ対位法技術の集大成であり、知的構築物としての音楽の極致である。
  • 「ジュピター」の由来と受容:この副題は、19世紀初頭にイギリスの興行師ヨハン・ペーター・サロモンが、その神々しいスケールをローマ神話の最高神になぞらえて命名したとされる。以後、この通称とともに「完璧な交響曲」の代名詞となった。
深掘りのポイント
  • 第4楽章のコーダ(終結部):5つの異なる主題が同時に演奏される「5声の可逆対位法」は、音楽史上最も驚異的な瞬間の一つである。数学的な厳密さと、音楽的なカタルシスが同時に達成されている。
  • 動機の統一性:8分音符のリズムや、特定の音程感覚が全楽章を通じて通底しており、作品全体に強固な統一感をもたらしている。
  • 演奏解釈の変遷:従来の伝統的な重厚な演奏(バーンスタイン等)に対し、近年では時代楽器を用いた軽快かつ鋭利なピリオド演奏(ブリュッヘン、ガーディナー等)によって、モーツァルトが意図したであろうアーティキュレーションの細部が再発見されている。

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鈴木優人:古楽の知性と現代の感性を架橋するマエストロ

 鈴木優人先生は、日本を代表する指揮者であり、鍵盤奏者、作曲家、演出家、さらにはプロデューサーとしても八面六臂の活躍を見せる多才な音楽家である。

その人物像と魅力
  • 多才な活動:指揮だけでなく、ピアノ、チェンバロ、オルガンなどの鍵盤楽器奏者としても超一流の腕前を持つ。
  • 二つの顔:「古楽(バロック時代のスタイルを尊重する演奏)」の旗手である一方、読売日本交響楽団などの現代的なオーケストラとも深く関わる。
  • 音楽一家:父は世界的なバッハ演奏家である鈴木雅明氏。その伝統を受け継ぎつつ、ジャンルを横断する独自のスタイルを確立している。
  • 「弾き振り」のスタイル:指揮台に立ちながら、自ら鍵盤楽器を演奏してオーケストラをリードする姿は、彼の音楽的アイデンティティの一つである。
専門的経歴と重用されるポスト
  • 学術的背景と研鑽:東京藝術大学作曲科を卒業後、同大学院でオルガンを専攻。その後オランダへ渡り、ハーグ王立音楽院およびアムステルダム音楽院にて、オルガンとチェンバロの世界的権威に師事した。作曲家としての視点と、鍵盤奏者としての身体感覚、そして古楽研究で培った歴史的洞察が、彼の指揮の基盤となっている。
  • 主要なポストと社会的位置づけ:現在、彼は日本クラシック界の要職を複数兼任している。
    • バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)首席指揮者:2018年就任。父・雅明氏と共に、世界水準のバッハ演奏を牽引する。
    • 読売日本交響楽団 指揮者/クリエイティヴ・パートナー:2020年就任。
    • 関西フィルハーモニー管弦楽団 首席客演指揮者:2023年就任。
    • 調布国際音楽祭 エグゼクティブ・プロデューサー:音楽祭全体のプロデュースを通じ、クラシック音楽の新たな受容の形を提示している。
音楽的特徴と解釈の深淵
  • 解釈のスタイルと構造感:鈴木優人の指揮における最大の特徴は、作曲家としての視点に基づく「構造の明晰さ」にある。複雑な対位法が絡み合うバロック音楽から、大規模なシンフォニーに至るまで、各声部の動きを論理的に整理しつつ、推進力のあるリズムで音楽を駆動させる。
  • 古楽的アプローチの現代オーケストラへの適用:彼はモダン・オーケストラを指揮する際にも、ピリオド奏法(時代考証に基づいた奏法)の知見を導入する。
  • アーティキュレーション: 弦楽器のビブラートを抑制し、フレーズの語り口を明確にすることで、音楽に透明感と鋭い反応をもたらす。
  • 色彩感:木管楽器や金管楽器の活かし方に古楽的なバランス感覚が反映され、従来の重厚長大な解釈とは異なる、しなやかで風通しの良い響きを実現している。
  • 日本音楽界における象徴的意味:鈴木雅明氏が築いた「古楽の専門性」を、鈴木優人は「オーケストラ全般の普遍性」へと拡張した。これは、日本のクラシック界において古楽の語法が特殊なものではなく、あらゆる時代の音楽を演奏するための不可欠な素養として定着したことを象徴している。彼が振るベートーヴェンやロマン派作品が常に新鮮な驚きを与えるのは、バッハという音楽の源流を常にその背中に背負っているからに他ならない。

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本日のプログラム

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調

第1楽章:Allegro ma non troppo

 ティンパニの柔らかな四連打に導かれ、幸福感に満ちた木管楽器が第一主題を瑞々しく奏でる。鈴木優人先生と読響のコンビは、古典派音楽の特色を十二分に引き出し、極めて温もりのある響きを紡ぎ出していた
 そして、今回のソリストである成田達輝氏もまた、聴衆を驚愕させる存在であった。通常、協奏曲における独奏者は専用のパートを受け持つため、自身の出番がない限りは待機するのが通例である。しかし、成田氏は驚くべきことに、オーケストラのヴァイオリン・パートを自らも共に演奏していたのである。本作品は「独奏とオーケストラが深く、長く語り合う点に最大の魅力がある」とされる。そう考えれば、ソリストがオーケストラの一部となって対話を試みることは、表現として至極自然な帰結といえるだろう。
 今回は比較的小規模な編成ということもあり、ステージ上の密度はいつもより低かった。その中で鈴木氏は見事な統率力を発揮し、ドイツ・オーストリアの音楽の都が持つ歴史的伝統を感じさせる、深みのある響きを十全に響かせていた。この読響と鈴木氏の稀有な相性による音楽が、しばらく聴けなくなるというのは、誠に惜しむべきことである。
 カデンツァもまた、意表を突くものであった。おそらく成田氏独自のものであろう、途中で氏本人が第1主題を歌い始めたのだ。テノールを彷彿とさせる甘美な歌声を披露しつつ、一方でヴァイオリンの卓越した技巧を披瀝するその姿は、類稀なるカデンツァとして結実していた
 こうして、驚きと感動に満ちた長い第1楽章は、深い余韻とともに幕を閉じたのである。

第2楽章:Larghetto

 緩徐楽章である第2楽章は、オーケストラと独奏楽器による静謐な対話の場である。読響が奏でる柔和で温もりのある響きと、成田氏の精緻かつ抒情的なヴァイオリンが織りなす交歓は、落ち着いた深みをもって聴衆の耳に届いた。特筆すべきは、途中の牧歌的なホルンによる応答である。その雄大な音色は、楽曲に気品ある彩りを添えていた。
 この第2楽章は、主題が姿を変えていく変奏曲形式をとる。本日の読響を牽引した鈴木氏と成田氏による対話は、いかなる精神的深度を湛えていたのであろうか。この緊密なやり取りもまた、本作品の本質である「独奏とオーケストラが深く、長く語り合う」姿を象徴する場面のひとつと言えるだろう。
 やがて独奏ヴァイオリンが、オルゴールがふいに鳴り止むかのような静寂を告げると、音楽は間髪入れずにアタッカで第3楽章へと突入する。

第3楽章:Rondò

 アタッカで導かれる第3楽章の開始は、いつ聴いても格別である。それはまさに「天上の音楽」と称するに相応しい。成田氏の独奏はもとより、読響が見せたアンサンブルの妙もまた、出色の出来であった。温雅な響きを基調としながらも、極めて溌剌とした躍動感を湛えており、ベートーヴェン特有の軽妙洒脱な魅力が存分に発揮された演奏と言える。驚くべきことに、この楽章においても成田氏はオーケストラのヴァイオリン・パートに加わり、共に音楽を紡いでいた
 従来、どこか漫然と聴き流してしまいがちであった主要主題が、今回はとりわけ鮮烈な印象として残った。果たしてその感興は、「軽快」という一語のみで表現し尽くせるものだろうか。かつて読響の演奏を評した際、私は「本作には美点が多々認められるものの、平庸な箇所の果てしない反復に倦怠を覚える」*1という言説に同調していたが、今回これほどまでに愉悦をもって聴き通せたことは、自分にとっても驚きであった。
 度重なる鑑賞を経て、ようやくこの作品の真髄が記憶に刻まれたのであろうか。

モーツァルト:交響曲第41番ハ長調「ジュピター」

第1楽章:Allegro Vivace

 提示部冒頭から瑞々しく、生命力に溢れた幕開けであった。いつ聴いてもこの第1主題は鮮烈であるが、今回の読響は前半に引き続いて弦楽器が非常に甘美かつ温もりのある響きを湛えていた。第2主題におけるヴァイオリンと低弦楽器の対話も見事であった。それは単なる熱量の発散ではなく、鈴木優人先生の緻密な構成力が生み出す、唯一無二の推進力と言える。恣意性を排した自然体でありながら、随所に独創的な解釈が光り、それが音楽に深みを与えていた。なお、提示部は反復が実行され、古典的な形式美がより強固に示された。
 展開部。終結主題から転じる調性の揺らぎ——短調や、あるいは変ホ長調的な色彩を帯びる箇所——においても、弦楽器の卓越した表現力は維持されていた。この「ジュピター」もまた、複数の主題が複雑に絡み合い、前半の協奏曲と同様に、主題同士が緊密な対話を重ねているような印象を抱かせる
 再現部。再び提示部の主題が回帰する。ここでも提示部同様、優雅で温もりのある音楽が展開された。
 コーダ。終結部へ向かう昂揚感は圧巻の一言に尽きる。緻密に積み上げられた音の伽藍が、最後には圧倒的な迫力をもって結実したのである

第2楽章:Andante Cantabile

 この楽章ではティンパニとトランペットを欠く編成となり、主に木管楽器と弦楽器、そしてホルンによる密やかな対話が主軸となる。ヘ長調という明朗な調性にありながら、常に短調の影がつきまとう不可思議な楽章である。ここでもやはり、読響の弦楽器セクションが放つ冴え渡った響きが印象深い
 鈴木優人先生が展開したのは、極めて特異な音楽であった。それはベームやワルターが守り抜いた伝統的なドイツ・オーストリアの解釈とも、カラヤンが築き上げた圧倒的な威容とも一線を画すものである。古楽器演奏やバロック音楽に精通した氏の知見が、現代オーケストラの響きの中に、新たなパースペクティブとして止揚されていたのであろうか
 その解釈の深淵に思いを馳せているうちに、十数分に及ぶ長大な第2楽章は、瞬く間にその幕を閉じたのである。

第3楽章:Menuetto. Allegretto

 いかにもモーツァルトらしい、気品に満ちたメヌエットである。流麗な三拍子を刻みつつ、天上界が光芒に包まれるかのような神々しい雰囲気のもとに幕を開けた。強靭な弦楽器群と、煌びやかな木管楽器による対話は、極めて鮮烈な印象を残す。そこにはモーツァルト特有の、明晰な法悦が横溢していた。
 中間部のトリオでは、木管楽器が愛らしい音色を紡ぎ出す。それに続くイ短調の楽節では、のちの「ジュピター音型」を予感させる旋律を、弦楽器が甘美かつ高らかに歌い上げていた。

第4楽章:Molto Allegro

 いよいよ、全曲の頂点たる第4楽章である。このフィナーレこそ、かのリヒャルト・シュトラウスをして「私が聴いた音楽の中で最も偉大なものである。終曲のフーガを聞いたとき、私は天国にいるかの思いがした」と絶賛せしめた、奇跡の楽章に他ならない。鈴木優人先生と読響が織りなすこの至高の音楽が、しばらく聴けなくなってしまうのかという一抹の寂寥感がよぎる。しかし、放たれた第1主題の圧倒的な力強さが、そのような感傷を瞬時に吹き飛ばした。鈴木優人先生が構築した強靭な推進力のもと、弦楽器群は極めて豊潤で、熱を帯びた響きを轟かせていたのである
 表面上は非常に明快で耳に馴染む音楽でありながら、その内部は極めて緻密かつ複雑なフーガの構造をとっている。この峻厳な論理と無垢な美しさの完全なる両立を前にして、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが不世出の天才であることをまざまざと見せつけられた。あらゆる楽器が歓喜を高らかに歌い上げ、ステージ全体が光り輝くような神々しさを放っていた
 コーダへと突入すると、音楽の充実感は限界を超え、比類なき神々しさを伴って最終盤へと雪崩れ込んでいく。弦楽器、木管楽器をはじめとする全合奏(トゥッティ)が一体となり、あたかも宇宙全体を祝福するかのような壮絶な空間を現出させた。そしてついに、ホルンによる「ジュピター音型」のファンファーレが高らかに咆哮した瞬間、この至福の時が終焉を迎えることを悟る。凄まじいカタルシスとともに、空前絶後の「ジュピター」は幕を下ろした。
 そこに現前していたのは、間違いなく鈴木優人先生が打ち立てた「有終の美を飾る集大成」と呼ぶべき、歴史的熱演の姿であった。

総括

 振り返れば、今回のプログラム全体を貫くテーマは「対話」であったと言えよう。

折しも3月は別れの季節である。今月をもって、鈴木優人先生は読売日本交響楽団におけるポストを退任する。今回を含め、氏と読響のコンビによる演奏には二度触れる機会を得たが、いずれも極めて新鮮で活気に満ちた音楽空間が展開されていた。
 もっとも、私自身がバロック音楽により精通していたならば、先般上演されたJ.S.バッハの『マタイ受難曲』にも迷わず足を運んでいたことだろう。稀少な楽器を要する作品を臆せずプログラムに取り入れるなど、氏は常に革新的なビジョンと確固たる信念を示す指揮者であると、強く印象付けられた。
 次に読響の指揮台に帰還する時、果たしてどのような作品で我々を魅了してくれるのだろうか。その再会の日が、今から待ち遠しくてならない。

前回のコンサート

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*1:公益財団法人読売日本交響楽団編『月刊オーケストラ11号』(読売日本交響楽団、2024年)13頁[澤谷夏樹]