Symphonikerのひとりごと

クラシック音楽を趣味とする早大生

ベートーヴェン:交響曲第3番英ホ長調「英雄」を聴く(その1)

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Ludwig Van Beethoven [1770-1827]

はじめに

 今回は、ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調ベートーヴェンの最も重要な作品のひとつであると同時に、器楽音楽による表現の可能性を大きく広げた画期的大作である。この交響曲第3番は全体を通じて約60分弱ベートーヴェンの中で第9番に次ぐ演奏時間の長さである。
 当時のハイドンモーツァルト交響曲は全体で約30分〜40分程度であったが、ここにきて約60分近い大作が登場したのであるから、当時としては異例の演奏時間の長さであろう。もっとも、後期ロマン派音楽になれば1時間超えるものばかりであるし、マーラー交響曲第3番は約100分ほどの演奏時間を要するものもある。そういった意味を踏まえると、このベートーヴェン交響曲第3番は今後の作曲家・音楽に大きな影響を与えた作品と言っても過言ではないだろう。
 さて、この交響曲第3番であるが、フランス革命後の世界情勢の中、ベートーヴェンナポレオン・ボナパルトへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲された。第1楽章の格好良く、雄大な主題はまさに「英雄」といえよう。そして、第2楽章の葬送行進曲は、ナポレオンがセントヘレナに幽閉され、そこで死んだとき、「私はこのことを予期していた」と語ったそうだ。そして、名指揮者ブルーノ・ワルター「ナポレオンは死んだが、ベートーヴェンは生きている」という言葉を残した*1
 もう一つ特筆するとしたら、第1楽章codaのトランペットである。以下の図を見ていただきたい。

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(A)
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(B)

 指揮者によって(A)と(B)のどちらかで演奏される。当初は(A)の方だったが、当時トランペットは(B)のような高音は吹けないとされ、トランペットは第1楽章第1主題の途中で墜落してしまう。ニコラウス・アーノンクールはトランペットの脱落を「英雄の失墜(死)」を表すと主張している。この点について、以下の演奏については、どちらの演奏かもちろん示すつもりである。
 なお、この第1楽章codaの論争(?)は、リヒャルト・シュトラウス交響詩英雄の生涯第1版第2版の相違にも同様のことが言えるのではないだろうか。
 私見においては、(A)の場合は、第2楽章の葬送行進曲を想起させる、英雄の失態を示すニコラウス・アーノンクールと同様)。一方、(B)の場合は、英雄は最後まで英雄である、堂々たる英雄なのだ。個人的にはどちらでも良い。指揮者はどのように解釈して(A)または(B)を選択したのか、という解釈の推論をする方がよほど楽しい。
 第2楽章は一変して葬送行進曲。非常に暗く、荘厳な曲である。しかし、途中ハ長調になる部分があり(マジョーレ)、明るくなる部分が緊張感を和らげる。
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 低弦楽器が、「ド・ソ・ラ・シ」が聴こえたら、マジョーレが開始。しかし、その後展開部において極めて荘厳なフガートが登場する
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 軽く聴き流していたとしても、この箇所が聴こえると真剣を集中させて聴いてしまうベートーヴェンの荘厳さが十二分に発揮されている箇所といえよう。
 一方第3楽章は軽快な音楽であり、このスケルツォ交響曲第7番第3楽章、交響曲第9番第2楽章に引き継がれることになろう。
 中でも、このトリオにおけるホルンが非常に雄大で格好良い箇所である
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 そして、第4楽章は変奏曲となっている。もっとも、第6変奏で一気に雰囲気が変わり、下記の第7変装はホルンが再び主役となる場面が登場する
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 なぜだがホルンを起立させて演奏したくなる気がするのは私だけだろうか。
 さすが「英雄」とだけあって、英雄らしい非常に格好良い作品である。交響曲第3番がなければ、交響曲第5番交響曲第7番も交響曲第9番も誕生しなかったのだから、奇跡の交響曲ともいえよう。

ベートーヴェン交響曲第3番英ホ長調「英雄」

クリスティアンティーレマンウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:8 演奏時間:約56分
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第1楽章:Allegro con brio

 重厚な出だし。標準的なテンポながらも軽やかな木管楽器と重厚な低弦楽器が第1主題を謳い、雄大金管楽器も加わり実に重厚で壮大な響きである。随所に、フルトヴェングラーを彷彿させるようなテンポの揺れがある。休符が目立ったり、軽やかに奏でられる部分が多い第1楽章において、このようなメリハリのあるテンポの強弱もまた良いアクセントとなる。これもティーレマンの特徴といえよう。提示部繰り返しあり
 展開部においては、ティーレマンの特徴でもあるテンポの揺れが顕著に見られ、非常に重厚な場面が多い。重厚なベートーヴェンもまた良いだろう。そして、ウィーン・フィルの伝統的音色によって奏でられるのもまたよし。
 再現部を経て、コーダに入るが、第1主題のトランペットは、(B)の方であった。前半はあまりトランペットの音量は小さめだったが、高音になると伸びあやかな音色が響き渡った。提示部繰り返したこともあり、約20分弱の重厚な第1楽章はこれで締め括る。
 随所に個性的な演奏が見られるが、これもまた一つのベートーヴェンの演奏だろう。一直線でなんの変哲のない演奏によるベートーヴェンも正統派で良いが、このような演奏もまた良い。

第2楽章:Marcia funebre. Adagio assai

 重々しい重々しいテンポによって、重厚な第1主題が奏でられる。この暗さはこれまたフルトヴェングラーを彷彿させるようなものだ。強弱をつけた演奏が繊細さと重厚さを引き出す
 ハ長調のマジョーレに入るとテンポが速くなりがちなのだが、冒頭のテンポを維持するように遅く壮大に奏でられる。その後の展開部のフーガは、テンポを遅めず、標準的なテンポで暗く厳かなフーガを構築する叫び上げるヴァイオリン、荘厳さを十分に引き出す低弦楽器とティンパニ、勇壮するホルンと抑えめなトランペットが重厚なフーガを築き上げている。これまた言葉で言い表すことが難しい荘厳さである。
 暗く、不気味さを漂わせながら重厚感あふれる葬送行進曲も素晴らしい。

第3楽章:Scherzo. Allegro vivace

 第1楽章、第2楽章とやや遅めのテンポで演奏し続けたが、スケルツォ主部は早めのテンポで軽快に進んでいく。そして、盛り上がっていくと重厚な響きが加わり、強い推進力によって主部が奏でられているベートーヴェンらしい軽快さも損なわれていない。
 トリオに入ると、ホルンが柔らかく牧歌的に奏でる。非常に明るく、軽快なトリオとなっている。

第4楽章:Finale. Allegro molto

 第1楽章からそうなのだが、全体的にトランペットの音色が控えめであり少々優しい音色が響き渡っている。テンポを揺らしながら主部を奏で、変奏曲に入っていく。
 金管楽器が控えめなため、弦楽器が中心になりがちなのだが、ものすごい重厚感と柔らかさによって進められていくティーレマンらしい独特の重厚感といえよう。
 そして、第5変奏が終わり、長い静寂の後に落ち着いた印象を与える第6変奏に入る。テンポを非常に遅くし、穏やかにオーボエが第6変奏を奏で、美しい川の流れのように弦楽器が加わっていく。その後のホルンが雄壮に主題を奏でる第7変奏も非常に壮大に演奏されるカラヤンのような圧倒的な音量によるものではないが、重厚感あふれる迫力は十分にある。
 コーダは前半の変奏曲のテンポが戻ってきたかのように強い推進力で進んでいく。ヴァイオリンのトレモロがはっきりと響き渡り、優しく包み込むように締めくくる。
 重厚ながらも優しい音色が響き渡る演奏である。

*1:宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』(講談社、1989年)25頁