Introduction
今回は、マーラー:交響曲第9番ニ長調。グスタフ・マーラーは10個の交響曲を作成しており、順番に見ていくと、第1番・第2番…第8番・大地の歌・第9番となっている。なぜ、「大地の歌」は交響曲第9番と名付けられなかったのか、それは「第九の呪い(ジンクス)」に由来する。「第九の呪い(ジンクス)」とは、文字通り、交響曲第9番を作曲すると死ぬ、というものだ。実際に、ベートーヴェン、シューベルト*1、ドヴォルザーク*2、ブルックナー、ヴォーン・ウィリアムズなど主要な作曲家ばかりである。そして、グスタフ・マーラーもそのうちの1人であり、「死」から恐れたために、交響曲第9番と名付けず、「大地の歌」としたのが通説的である。
しかし、「大地の歌」を作曲した後に、交響曲第9番を作曲し、50歳という若さで亡くなってしまった。「第九のジンクス」は成立してしまったのである。
実際に、この交響曲第9番は第1楽章と第4楽章が、マーラーが思う「死」というものを表現しており、特に第1楽章冒頭の不規則な動機はマーラーが患っていた心臓病の不整脈だと解するものも見受けられる*3。特に第1楽章は、金管楽器や打楽器が粟粒を生じさせるような恐怖で聴く者の肺腑を貫くようであり、マーラーは死を恐れ、のた打ち回り、悶え苦しんでいるものだ*4。
しかし、第2楽章は弾むようなレントラー、第3楽章の中間部は美しいトランペットの回想主題が盛り込まれ、全ての楽章で聴きどころがある素晴らしい作品である。そして、第4楽章は重厚な弦楽器が鳴り響くアダージョ。特に、最後の34小節は、コントラバスを除く弦楽器だけで演奏される。回音音型を繰り返しながら浮遊感を湛えつつ、「死に絶えるように(ersterbend)」で曲を閉じる。こうして、マーラーは静かに息を引き取った。
この点について、第4楽章はオーケストレーションが薄く、のちに改訂されると予想されたものがあるが、これはこれで良いのだろう。
そして、このマーラー交響曲第9番は「最高傑作」と評されることもあり、私もその評価を支持する。
マーラー:交響曲第9番ニ長調
ベルナルド・ハイティンク:バイエルン放送交響楽団
評価:9 演奏時間:約80分
今回取り上げる演奏は、ベルナルド・ハイティンク:バイエルン放送交響楽団の演奏である。2021年10月21日巨匠ベルナルド・ハイティンクが92歳で亡くなった。まさかの出来事であり、ハイティンクの追悼の意を込めた記事を書くことにした。ベルナルド・ハイティンクについては、以下の記事を参照されたい。
law-symphoniker.hatenablog.com
それにしても、ハイティンク@SDBRについてはマーラー交響曲第9番の中でも後の方に書こうと思っていたが、まさかこのような形で書くとは思わなかった。
さて、この演奏であるが、バイエルン放送交響楽団とのライヴ演奏である。この公演の指揮者はもともとマリス・ヤンソンスだったのだが、風邪をこじらせてキャンセルとなってしまったため、代役として、ベルナルド・ハイティンクが急遽登場することになったというものだ。思わぬ巨匠の登場に多くのファンが驚きと楽しみが広がっただろう。
なお、マリス:ヤンソンス@バイエルン放送交響楽団のマーラー交響曲第9番の演奏についても同レーベルより販売している。
第1楽章:Andante Comodo
少々不穏な出だし。この不規則な動機が第1楽章で主要な地位を占める。しかし、美しい弦楽器が何かを祈るように第1主題を奏でていく。当時82歳のベルナルド・ハイティンクが仏様のような穏やかな表情で丁寧に音楽作りをしていく姿が浮かんでくる。やがて第2主題に入り、金管楽器も加わって激しくなるのだが、ものすごい迫力だ。巨匠の底力が圧倒的なサウンドを奏でる。それにしても弦楽器の音色が穏やかで美しい。迫力ある金管楽器が冒頭の不規則な動機を奏で、長い展開部に入る。
ハープの音色とともに弦楽器が奏でられるのであるが、非常に繊細な響きである。そして、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「人生を楽しめ(Freuet Euch des Lebens)」の引用箇所が奏でるのであるが、弦楽器の美しい音色とホルンの伸びやかで牧歌的な響きが見事に調和されており、激しい呈示部から一気に一休みとなるような癒しになる。しかし、ティンパニが響き始めると、また激しい場面となり、ハイティンクらしい力強い推進力を持って奏でられる。そして、再び第2主題を奏で、不穏な雰囲気が続いていく。テンポ見事に操り、物凄いストーリーを構築していく。ヴァイオリンのソロパートが聴こえ、そして、2回目の展開部の頂点部に入ると再び狂乱的に激しくなる。円熟期に入ったハイティンクもものすごい熱量を感じるも無駄に力まず、圧倒的な壮大さを演出する。その後の、銅鑼とトロンボーンの動機とティンパニの第1主題も強烈!!圧倒的な音圧である。まさに、「最大の暴力で(mit höchster Gewalt)」といえよう。
やがて遠くから鐘の音が聴こえると再現部に入る。激動の展開部である。この再現部は途中かなり不規則であり、複雑な構成である。ハイティンクもここも丁寧に演奏し、決して濁さない。フルートが高いところから次第に降りてきて、コーダに入る。
コーダはヴァイオリンの独奏と木管楽器が幻想的に奏で、静かに第1楽章を閉じる。
第2楽章:Im Tempo Eines Gemachlichen Landlers
ABCBCABAという順序で入れ替わり現れる。Aの部分は活発的なテンポで実に明るい。まるで気分も弾んでいくようだ。
Bに入るとキレのある主題を奏でていく。ハイティンクの強い推進力が十分に発揮されているようだ。その強い推進力において行かれないようにしなければならない。82歳の巨匠がここまで強い推進力を引き出すのは恐れ多い。高音の叫び、低音の力強さが見事に調和されており、大満足のB部分である。
そして、落ち着いた印象のCに入る。ハイティンクの特徴として、C→Bに移る時、Bの導入部分を物凄いテンポ落としてBに入るのである。これがあって、ハイティンクのマーラー交響曲第9番なのである。聴いていて非常に元気があり、心地よいレントラーはお見事。そして、再びC→A→Bとなり、今度は少し激しく狂乱的になる。しかし、テンポは少し遅めにであり、しっかりしたテンポで奏でられていくから非常に丁寧である。途中のトランペットも伸びやかであり、本格的な後半部を奏でていく。
最後に静かにAを奏でて第2楽章を閉じる。
第3楽章:Rondo, Burleske
ABABC(中間部)Aという構成。快速的テンポで強い推進力をもってA部分を奏でていく。ハイティンクの強い推進力が活きる箇所だ。
そして、Bに入ると弾むような楽しい部分であるが、ここも強い推進力を持って進んでいく。なお、この演奏で注目すべき点があるが、美しいCに入る前のBの部分でクラリネットが音を外してしまう。ライヴ録音の一つの醍醐味といえよう。やがてシンバルが打たれるとCに入り、ニ長調でトランペットが柔らかく回音音型を奏する。非常に幻想的で極めて美しい。若干シベリウスの北欧の夜の雪景色が垣間見えるような雰囲気である。第4楽章の美しさが第3楽章にて少々露出してしまっているようだ。このCの部分は何を聴いても美しく、最も好きな部分だ。
そして、コーダとも言えるAであるが、狂乱的に締め括るのであるがテンポはそこまで早くはないが迫力は物凄い!
第4楽章:Adagio
いよいよ、最終楽章。短い序奏が奏でられ、主要主題に入る。全体で約23分と若干早めのテンポであるが、バイエルン放送交響楽団の美しく幻想的な弦楽器が極めて美しい。しつこくなく、爽やかに進んでいく第4楽章もまた素晴らしい。強弱を見事に操り、聴き応えのある演奏を繰り広げる。第4楽章でもハイティンクの熱量は伝わってくる。途中のホルンも牧歌的美しく、その後の弦楽器の厚みのある音色も素晴らしい。ヴァイオリンといい、チェロといい、コントラバスといい、全ての弦楽器が主役となって主要主題が繰り返されていく。
中間部に入るとハープのリズムに木管楽器がやや寂しげに奏でる。徐々に盛り上がり、主要主題を力強く奏でる。ここからやや長い時間をかけてクライマックスを築いていく。金管楽器が吼え、トロンボーンが力強く主要主題を奏でて圧倒的なクライマックスである。その後のヴァイオリンの悲痛な叫びのような下降音階のあと、ホルンの堂々たる主要主題も圧倒的な音量である。巨匠ハイティンクによる圧倒的なクライマックスだ。
本当の最後、最後の34小節(アダージッシモ)は、息を呑むほどの繊細さと美しさに包まれる。ただ、ここでも多少テンポが早く、途中緩めたりすることなく一直線に奏でられている。そして、弦楽器の和音とともにヴィオラが冒頭の序奏を断片的に奏で、消えゆくように終わる…終わる…終わる……
ベルナルド・ハイティンク、安らかに…。ご冥福をお祈りいたします。