鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

ベートーヴェン:交響曲第6番へ長調『田園』を聴く(その1)

Introduction

 今回取り上げるのは、ベートーヴェン交響曲第6番へ長調『田園』ベートーヴェンの中でも代表的な作品の一つでもある。
 この曲を取り上げた理由として、2022年4月17日の日本フィルの定期演奏会でこの作品を取り上げることにある。いつも「予習」として、どんなに知っているよく、何回聴いたかわからない程聴いた曲でも予め聴いてからコンサートに行くことにしている。自分が聴いた演奏と、実際の演奏でどのような差異があるのか、これが楽しみであるし、「指揮者の数だけ音楽がある」という私自身の信念に基づくものでもある。
 さて、このベートーヴェン交響曲第6番へ長調『田園』であるが、ベートーヴェンの9つある交響曲の中でもやや特徴的な構成になっている。それは、第3楽章〜第5楽章までアタッカ(休みなし)で続けて演奏されることである。一つ前の作品、交響曲第5番でも第3楽章〜第4楽章は続けて演奏されるが、3つの楽章を続けて演奏する作品はベートーヴェンの中ではこの第6番しかない。
 そして下記にもある通り、各楽章に副題が付されている。

  • 第1楽章:「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」
  • 第2楽章:「小川のほとりの情景」
  • 第3楽章:「田舎の人々の楽しい集い」
  • 第4楽章:「雷雨、嵐」
  • 第4楽章:「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

 この交響曲第6番が優れている点は、この副題と曲の内容が見事に合致していることだ。
 確かに第1楽章の弾むようで楽しげな音楽は、「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」といえよう。指揮者によって速いテンポで演奏されることもあれば、遅いテンポで演奏されることもある。テンポによって「愉快の感情」いかなる内容かは指揮者の解釈次第となろう。これも聴きどころの一つだ。なお、冒頭のフェルマータの部分は、気分の良いとこ(田園)にパッと出てきたので、そこに立ち止まって辺りを眺めるという解釈もある*1
 何より、第2楽章のandanteが美しい内容であることも外せない。流れるように美しい弦楽器はまさに「小川のほとりの情景」であり、小川の清らかなせせらぎが目に浮かぶ。最後の木管楽器鳥の鳴き声を再現している点も素晴らしい。

フルート:ナイチンゲールオーボエ:ウズラ。クラリネットカッコウ

 そして、第3楽章の楽しげな「田舎の人々の楽しい集い」、第4楽章の激しい「雷雨、嵐」、第5楽章の「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」へと続いていく。
 途中の第4楽章〜第5楽章に入る間が、雨や風が落ち着き、嵐が鎮まり、そして徐々に空が明るなり、雲の間から日光が差し込み、あたりの草花に雫が残ったまま輝かしい田園風景が登場するような描写が実に素晴らしいといつも思う。ここもテンポによって、嵐が去る速度、嵐がさった後の感謝の気持ちがいかなるものかも解釈のポイントとなろう。この点についても、朝比奈先生は絶賛していた*2

ベートーヴェン交響曲第6番へ長調『田園』

ハンス=シュミット・イッセルシュテットウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:8 演奏時間:約42分

第1楽章:Allegro Ma Non Troppo

 この記事に限ったことではないが、一番最初に取り上げる演奏はいつも悩む。さて、軽やかに弦楽器が冒頭の第1主題を奏でる。その後、ウィーン・フィルの甘美な音色とともに自然なクレッシェンドによって幕を開ける。第1主題は非常に明るく、軽快に進んでいく。その後の第2主題も流れるようで美しく、奏でられている。まるで、第2楽章の小川の流れを予兆させるかのようだ。提示部の繰り返しはなし
 展開部に入ると、弦楽器や木管楽器の軽快な下降音型が際立つが、自然なクレッシェンドが非常に心地良い。田園の穏やかな風景と爽やかな風が感じられよう。
 再現部に入ると、再び軽快な第1主題が戻ってくる。一見同じ演奏に聴こえるが、提示部第1主題ではf(フォルテ)であるのに対して、再現部ではff(フォルテッシモ)になっている。第2主題も非常に美しく、輝かしい。
 コーダに入ると変ロ長調に転調するがすぐにへ長調に戻る。第1主題の軽快さに加え壮大さが加わる。華々しく美しいコーダによって第1主題を締めくくる。

第2楽章:Andante Molto Mosso

 8分の12拍子のアンダンテ。しかし、イッセルシュテットはまるでワルツのようなテンポで刻んでいく第1主題の美しい旋律、そして円やかなクラリネットの音色が素晴らしい。随所にヴァイオリンのトリオは鳥の鳴き声を表現する。第2主題も非常美しく、ヴァイオリンが大きく主題を奏でていく。さらに、ファゴットの重低音とヴィオラとチェロの音色が重厚さを加えていく
 展開部に入ると木管楽器が主な主役となり、自然豊かな風景に明るさを加えていく。フルートの音色が非常に透き通っていて、辺り一面に豊かな田園風景が浮かんでいく。クレッシェンドとヴィオラとチェロの壮大さは自然の壮大を十分に表現しているといえよう。
 再現部では、チェロやヴィオラの重低音に加えて、美しい第1主題がヴァイオリンと木管楽器によって彩られるベートーヴェンはどのような田園風景を見たのだろうか。さぞ美しいに違いない。そして、このイッセルシュテットのワルツのような優雅なテンポがより一層「小川のほとりの情景」を引き立てる。
 コーダに入り、いよいよ鳥の鳴き声の再現が始まる。ウィーン・フィルのフルート、オーボエクラリネットは軽やかな音色で見事に鳥の鳴き声を再現している。やがて、穏やかに第2楽章を閉じる。

第3楽章:Allegro

 標準的なテンポで優雅にヴァイオリンと木管楽器が奏でられている。途中の木管楽器も軽快な音色を奏で、ホルンの主題も非常に雄大に奏でられている。そして、トリオ、In tempo d' Allegroは、あまり速くなく、どっしりとしたテンポで弦楽器が勇壮に奏でられている繰り返しあり
 そして、短い再現部を経て第4楽章へ。

第4楽章:Allegro

 若干慎重なテンポで静かにスタッカートを刻んでいく。そして爆発したかのような金管楽器いよいよ嵐が来たのだ!イッセルシュテットの嵐は「自然」を全面的に要求しているのか、そこまで激しい嵐ではない。しかし、第1楽章〜第3楽章の軽快な音楽から一転して緊張感があるのは、やはり恐ろしい嵐なのだろう
 この重々しいテンポがより一層の嵐の不穏さを強調する。頂点部のピッコロは少々抑えめ。そして少し落ち着いてくる。
 木管楽器とヴァイオリンがハ長調を奏で、嵐がさり空がだんだん明るくなる。テンポもゆったりとしており、本当に嵐が去りゆくようだ。

第5楽章:Allegretto

 クラリネットのソロによって、第5楽章を幕を開ける。提示部、その後のホルンの音色も実に雄大で美しい。第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→ホルンと第1主題を奏でていくのだが、ホルンの音色が自然な音色ながらも雄大で非常に美しい。その後の経過句のチェロとヴァイオリンの音色も非常に美しい。第2主題のハ長調のクレッシェンドも自然な強弱である。
 展開部は、第1主題が断片的に中断される。その後の木管楽器とヴァイオリンのクレッシェンドが非常に美しく、スケールの大きい音楽を奏でる。ハ長調に転調する場面のトランペットの音色が非常に穏やかである。
 再現部は、第1主題が変形されて演奏される。第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリンと続いていくが、最初の第1ヴァイオリンが繊細で美しい音色を響かせる。第2ヴァイオリンの後は、ホルンではなく、ヴィオラとチェロが低音で第1主題の変形を奏でる。しかし、その他の楽器の方が音量が大きくちょっと聴こえにくい。経過句は提示部と同様に美しい音色を響かせている。
 長いコーダは、断片的に第5楽章の今までの部分を再現する。壮大に演奏する箇所もあれば、静かに演奏する箇所もある。イッセルシュテットはその強弱を自然に操る。無駄を取り除いた自然体を貫く演奏は非常に美しく、輝かしい田園風景をお届けする。
 最後は意外とハッキリとした終わり方。

*1:東条碩夫『朝比奈隆 ベートーヴェン交響曲を語る』144頁〔朝比奈隆〕(中央公論新社、2020年)

*2:前掲・東条碩夫・166頁