鵺翠の音楽の世界と読書の記録

クラシック音楽を趣味とする早大OB

ベルナルド・ハイティンク(Bernard Haitink)

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Bernard Haitink [1929-2021]

ベルナルド・ハイティンク(Bernard Haitink)

 1929年3月4日オランダ アムステルダムにて生まれる。
 2021年10月21日イギリス ロンドンにて亡くなる。

 本日紹介する指揮者は、ベルナルド・ハイティンクベートーヴェンシューマンブラームスブルックナーチャイコフスキーエルガーマーラーショスタコーヴィチヴォーン・ウィリアムズという極めて幅広いレパートリーを持つ。
 さて、ベルナルド・ハイティンクは、世界的な巨匠指揮者であるが、先日10月21日に亡くなり、その訃報は多くのクラシック音楽ファンに衝撃を与えた
 当然私も驚いた。2019年6月12日、2019年9月6日のルツェルン音楽祭でのウィーン・フィルとの共演を最後に引退すると発表し、指揮活動は行わなかったが、それでも亡くなるともなれば何か虚無感に苛まれる。
 さて、ベルナルド・ハイティンクは、極めて強い推進力を持ち、50歳のころは物凄い熱量を持って指揮をしていたのである。なので、オーケストラからは物凄い熱量が伝わってくるのだ。

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(第5楽章コーダが凄い指揮ぶり)

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(第2楽章Bの部分、約33分あたり)

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(円熟期を迎えても指揮棒の動きはキレッキレ)
 ハイティンクはさまざまな作曲家の作品を指揮してきたが、中でもブルックナーマーラーの両者において評価が高かったのは極めて珍しいことだ。後期ロマン派作曲は、大体一方の作曲家を得意とするのだが…。

ブルックナー マーラー
ギュンターヴァント レナード・バーンスタイン
セルジュ・チェリビダッケ クラウス・テンシュテット
ヘルベルト・フォン・カラヤン サー・サイモン・ラトル
朝比奈隆 山田一雄

 ここの表に両方入るのは、ベルナルド・ハイティンクエリアフ・インバルくらいなのではないだろうか。
 ハイティンクマーラーハイティンクブルックナーどちらも楽しめるのは素晴らしいことだ。
 そして、ベルナルド・ハイティンクは故郷オランダのオーケストラ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(旧:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団)の首席指揮者を長く勤めた。他にも、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ロンドン交響楽団と世界各国の名門オーケストラにもたびたび客演している超世界的指揮者なのである。

主なオーケストラの首席指揮者等の在籍

クリスティアン・ティーレマン(Christian Thielemann)

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Christian Thielemann [1959-]

クリスティアンティーレマン(Christian Thielemann)

 1959年4月1日。ドイツベルリンにて生まれる。

 今回紹介する指揮者は、クリスティアンティーレマンベートーヴェンシューマンブラームスワーグナーブルックナーリヒャルト・シュトラウスの作品を中心として、ドイツ・オーストリア系の古典派、ロマン派から20世紀初頭までの曲を得意とする現在を代表する巨匠指揮者である。
 また、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、シュターツカペレ・ドレスデン首席指揮者を務め、名門ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に度々客演し、2019年には、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ニューイヤーコンサート指揮者にも選出された実力派指揮者である。
 さて、現在を代表する巨匠クリスティアンティーレマンであるが、一般的にティーレマンの指揮は実に雄大に奏でるのである。実際、ティーレマンは縦も横も大きい(笑)。雄大な音楽といっても、クレンペラーのような巨大な構築性、朝比奈先生のような濃厚な重厚さではなく、柔らかく包み込むような壮大さが特徴といえよう。特に、ウィーン・フィルとのベートーヴェン交響曲第5番交響曲第8番が特色が現れているのではないだろうか。
 しかし、時にはテンポを大きく揺らしたり、フルトヴェングラーを彷彿させるような激しい一面も見せる。おそらく、フルトヴェングラーに最も近い指揮者といえるのではないだろうか。詳しくは別の項で述べようと思っているが、上記のウィーン・フィルとのベートーヴェン交響曲第5番ブルックナー交響曲第8番がそれを物語っている。
 何より、私はティーレマンのコンサートを実際に行っているのだ
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 2019年11月11日ブルックナー交響曲第8番(ハース版)を聴きに行ったのだ。初めて生で聴いたウィーン・フィルの音色、伝統のオーケストラであるせいか、いつも聴いている音がホールに広がったことを強く記憶に残っている。この時のブルックナーはあっという間に感じた。充実し切ったティーレマンブルックナーは圧倒的なものだった
 ちなみに、2019年11月22日は、もう一つの大イベント、ズービン・メータ@ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演であり、ブルックナー交響曲第8番(ノヴァーク版)を扱い、日本で世界二大オーケストラが、ブルックナー交響曲第8番を奏でるという極めて異色な月だった。もちろん、私は両方行った
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 この話はいつか別の項で扱おう。
 さて、ティーレマンは、現在ウィーン・フィルブルックナーの演奏を記録している。現在は、交響曲第3番、交響曲第4番、交響曲第8番のCDを販売している。やがて、交響曲第5番が出そうな気がするが…期待しよう。
 もっとも、サー・サイモン・ラトルベルリン・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督・首席指揮者退任された後、てっきり私はクリスティアンティーレマンが務めるんじゃないかな…と思っていたのになぁ。

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主なオーケストラの首席指揮者等の在籍

ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調を聴く(その1)

Ludwig Van Beethoven [1770-1827]

Introduction

 今回は、ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調。ご存知の方も多いだろう。「運命」の愛称で知られているクラシック音楽中の中でも名曲である。実際に、三大交響曲として、ドヴォルザーク交響曲第9番新世界より」、シューベルト交響曲第8(7)番「未完成」、そして、ベートーヴェン交響曲第5番である。
 実際に交響曲において「5」という数字は、今後の作曲家に大きな影響を与えた。交響曲作曲家として5番目の交響曲を作曲するときは相当熱を入れたようだ。実際に「交響曲第5番」で人気の作品を書いた作曲家を考えてみよう。
 ベートーヴェンブルックナーマーラーショスタコーヴィチ。実際に、ベートーヴェンピアノ協奏曲第5番「皇帝」も非常に人気である。また、ベートーヴェン交響曲の中でも最も緻密に設計された作品であり、その主題展開の技法や「暗から明へ」というドラマティックな楽曲構成は後世の作曲家に模範とされた。ブラームス交響曲第1番が同様に「暗から明へ」という構造になっている。そして、同じハ短調であることも注目されよう。
 そして、ベートーヴェン交響曲第5番は聴き比べにも非常に参考になる曲である。もっとも有名な第1楽章提示部第1主題がメインとなる。速く指揮する指揮者もいれば、1音1音しっかりと鳴らす指揮者もいる。同じ曲でも指揮者が異なれば全く違う、これがクラシック音楽の醍醐味といえよう
 
 上記画像は再現部に入る少し前からの楽譜であるが、ここはものすごい迫力であり、第1楽章の中でももっとも緊迫感のある瞬間だろう
 
 私が第1楽章の中でもっとも好きな再現部第2主題。。暗→明という構成を取る中、明るさへ若干顔を覗かせるハ長調の第2主題はたまらない。
 第2楽章において、私は2回目の第2主題(78小節目以降)の方が好きなのである。

弦楽器が32部音符になっており、より一層華々しく活発的になるのである
 
 そして、98小節以降のヴィオラとチェロの流れるような旋律がある。32部音符ながら滑らかに奏でられる旋律は第2楽章の中でもっとも美しく甘美な音色が楽しめる場面といえよう。
 第3楽章はトリオの以下の場面がある。
 
 チェロとコントラバスによって奏でられるトリオは「象のダンス」ベルリオーズが呼んだ。ハ短調ハ長調へと第4楽章に向けた前兆とも解釈されよう。
 第4楽章は、「ドーミーソー」と非常に単純な旋律だが、大変華々しく最終を飾るにもっとも相応しい。

 私が第4楽章中でもっとも好きな場面は以下の部分。

 第4楽章336〜337小節の弦楽器がトゥッティで「ソドソミーレドソー」と奏でる場面があるのだが、私が第4楽章の中でもっとも好きな箇所なのである。たったの1〜2秒しかないのに、ベートーヴェンの力強さと弦楽器の美しさ重厚さが兼ね備えられた場面なのである。素早く演奏するのもよし、ゆっくりとしたテンポで演奏するのもし。あらゆる奏法によってもこの1小節はベートーヴェンらしさを存分に発揮する場面でもある。
 そして、ベートーヴェン交響曲として唯一フェルマータで終えるのもこの第5番のみである。もっとも、交響曲第3番第4楽章の最終音をどれだけ伸ばして演奏するか否かによっても種類があるが、第5番ほど長く伸ばして演奏はされない。

ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調

カール・ベームウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

評価:9 演奏時間:約33分


 今回取り上げる演奏は、カール・ベーム指揮:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏である。そして、上記演奏は1966年に録音されたライヴ演奏である。
 なお、カール・ベームという指揮者については以下の記事を参照されたい。
law-symphoniker.hatenablog.com

第1楽章:Allegro Con Brio

 1音1音丁寧な第1主題を奏でるが、フルトヴェングラーのような暗さが漂うベームらしい厳格な第1主題を奏で、その後の第2主題はウィーン・フィルの美しい音色が響き渡る。提示部繰り返しあり
 ホルンが雄大に第1主題動機を奏でる展開部に入る。何度も第1主題動機を繰り返して演奏されるのだが、1音1音が非常に鮮明に丁寧に奏でるのである。モノラル録音のこともあって、より緊迫感が伝わってくる。そして、第1主題動機がどんどん盛り上がって再現部に入る。
 大迫力の第1主題を奏でた後に、オーボエ・ソロが良い一呼吸をつける。そして、再現部第2主題はハ長調によって奏でられるのであるが、交響曲第6番第5楽章のように嵐がさったような明るさに包まれる。私が第1楽章の中でも最も好きな場面であるが、弦楽器が丁寧に第2主題を奏でる中、力強い金管楽器木管楽器ティンパニが拍子を切り刻む。ライヴ演奏ならではの、燃え盛るベームを堪能できる。
 コーダも力強い第1主題動機を奏で、終始緊迫感のある第1楽章を終える。

第2楽章:Andante Con Moto

 A-B-A'-B-A"-B'-A'"-A""-codaから成る緩徐楽章かつ、変奏曲である。
 緊迫感あふれる第1楽章の後、流れるようなチェロの第1主題が緊張感を解してくれる。ベームらしい慎重なテンポで進んでいく。モノラルながら、ウィーン・フィルの甘美な弦楽器な音色が十分に伝わってくる。1966年ならば、ステレオ録音が行われている時代にもかかわらず、なぜモノラルなのか…ちょっと惜しい気もするが、モノラルならではの空気感もまた良しとしよう。
 元気ある第2主題はトランペットがかなりの音量が出ていることがわかる。個人的には、2回目のBが好きなのだ。第2主題は変わらないのだが、弦楽器が32部音符でより細かく演奏され、躍動感が生まれるのがたまらない。その後のチェロの第1主題の変装も流れるように美しい。
 個人的にこの第2楽章はものすごい好きな場面であり、おそらく交響曲第5番の中でも最も好きな場面かもしれない。

第3楽章:Allegro

 スケルツォ部分では、ホルンが力強く、第1楽章第1主題動機を奏で、この第3楽章でもその動機が繰り返される。トリオに入るとハ長調に転じ、コントラバス等の低弦楽器が見せ場となる。ベルリオーズは、「象のダンス」と呼んだそうな。
 第3楽章でも、ベームらしい慎重かつ厳格なテンポによって進められる。本格的なベートーヴェン
 やがて静まり、第4楽章へ…。

第4楽章:Allegro

 ハ短調からハ長調に切り替わったとたん、大爆発を起こしたかのように「ドー・ミー・ソー」と力強く第1主題を奏でる。慎重なテンポに基づく力強い第1主題は切れ味鋭い演奏である。その後のホルンの勇壮に奏でる箇所も実に雄大であり、実際はものすごいよく響いたのだろう。第2主題は、第1楽章の緊迫感はいったいどこへ行ったのだろうというほど弾んだ弦楽器が印象的である。それでもベームは口を一文字にして指揮をしているのだろう。提示部繰り返しなし
 第2主題がメインとなる展開部へて、第3楽章のちょっと静かで暗い場面を経て再現部へ。
 再現部に入ると、より一層ベームが燃え出し、勢いがましてくる。特に第2主題の切れ味が鋭く、「決して地味」な演奏ではない。フルトヴェングラーに引けを取らないほどの迫力である(ネタバレになってしまうが、フルトヴェングラーの方がもっとすごい)。
 コーダに入れば、低弦楽器が唸り、高音楽器が叫ぶような盛り上がりを見せ、執拗に念を押していく。そして、最終音はためずに、そのままの勢いで鳴らし、力強く締め括る
 燃え盛るベームの勢いに脱帽!!

クラウス・テンシュテット(Klaus Tennstedt)

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Klaus Tennstedt [1926-1998]

クラウス・テンシュテット(Klaus Tennstedt

 1926年6月6日ドイツ国、メルゼブルクにて生まれる。
 1998年1月11日ドイツ・ハイケンドルフにて亡くなる。

 今回紹介する指揮者は、クラウス・テンシュテット。私の中で最もお気に入りの指揮者の1人である。
 テンシュテットは、特にベートーヴェンワーグナーブルックナーブラームスなど、ドイツ・オーストリア系の作曲家を得意としており、中でもグスタフ・マーラーの演奏解釈で知られている。実際にマーラー指揮者といえば…窮極的にレナード・バーンスタインクラウス・テンシュテットのニ大巨頭になろう。両者とも大迫力の演奏を繰り広げる指揮者であるが、私は毅然としてテンシュテットである。バーンスタインにはない、独特の悪魔的な迫力さテンシュテットにある。実際に、平林直哉先生は以下のように述べている。

テンシュテットマーラーの演奏には、たとえばかつてのブルーノ・ワルターのような甘美さはなく、あるいはレナード・バーンスタインのように作曲者と一体となったような感情の爆発はない。彼の場合、その2人の指揮者と違って、作品のそこに流れるマーラーのグロデスクな情感を、それこそ刃物で抉り出そうとしているかのようである。」

 まさしくその通り。特にマーラー交響曲第6番の演奏は凄まじい。想像を絶するほどの大演奏である。その点についてはまた別の機会に記すことにしよう。
 テンシュテットロンドン・フィルハーモニー管弦楽団との相性がよく以下の評価がある。

「我々はクラウスのためなら120%の力を出し切る」(匿名のロンドン・フィル楽団員)
「彼の音楽理論オットー・クレンペラー以来もっとも深いものであろう」(タイム誌)
テンシュテットなきロンドン・フィルミック・ジャガーのいないローリング・ストーンズのようだ」(ガーディアン紙)

 カラヤンベルリン・フィルベームウィーン・フィルショルティ@シカゴ響のようにテンシュテットロンドン・フィルという黄金コンビだろう。テンシュテットベルリン・フィルの録音もよくあるが、実際の仲はお世辞にも良いものではなかったという*1。しかし、テンシュテットベルリン・フィルも良い演奏を繰り広げる。その点も別の機会に記そう。
 個人的にテンシュテットベートーヴェンマーラーワーグナーは非常に良いが、少々ブルックナーは他の指揮者に比べて少々劣ってしまう印象である。

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主なオーケストラの首席指揮者等の在籍

首席指揮者

私が選ぶ好きな交響曲10選

 はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選ということで、何か書いてみようと思って、交響曲指揮者を選出してみることにした。ということで、

 はてなブログ10周年おめでとうございます!!

 早速であるが、私が選ぶ好きな交響曲10選は以下の通り。

  1. ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調
  2. ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調
  3. ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調
  4. ブラームス交響曲第1番ハ短調
  5. ブルックナー交響曲第5番変ロ長調
  6. ブルックナー交響曲第8番ハ短調
  7. ブルックナー交響曲第9番ニ短調
  8. マーラー交響曲第2番ハ短調
  9. マーラー交響曲第5番嬰ハ短調
  10. マーラー交響曲第9番ニ長調

 結局ベートーヴェンブルックナーマーラーといった後期ロマン派音楽に偏ってしまった。それぞれ作曲家と作品一つずつということも考えたが、以上の10個の作品については何度聴いても感動するし、その作品の素晴らしさについて声を大にして伝えたいものばかりなのである。甲乙付け難く、10選の中に入れようか迷った作品については番外編ということで羅列することにした。
 そして、今回は約2年ぶりの改訂ということで、各演奏について私の推薦盤宇野功芳氏、中野雄氏、福島章恭氏のそれぞれの推薦盤も合わせて紹介することにしてみた。新たな試みである。

好きな交響曲10選

ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調

概要

 ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調ベートーヴェンの最も重要な作品のひとつであると同時に、器楽音楽による表現の可能性を大きく広げた画期的大作である。この交響曲第3番は全体を通じて約60分弱ベートーヴェンの中で第9番に次ぐ演奏時間の長さである。
 当時のハイドンモーツァルト交響曲は全体で約30分〜40分程度であったが、ここにきて約60分近い大作が登場したのであるから、当時としては異例の演奏時間の長さであろう。もっとも、後期ロマン派音楽になれば1時間超えるものばかりであるし、マーラー交響曲第3番は約100分ほどの演奏時間を要するものもある。そういった意味を踏まえると、このベートーヴェン交響曲第3番は今後の作曲家・音楽に大きな影響を与えた作品と言っても過言ではないだろう。
 さて、この交響曲第3番であるが、フランス革命後の世界情勢の中、ベートーヴェンナポレオン・ボナパルトへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲された。第1楽章の格好良く、雄大な主題はまさに「英雄」といえよう。そして、第2楽章の葬送行進曲は、ナポレオンがセントヘレナに幽閉され、そこで死んだとき、「私はこのことを予期していた」と語ったそうだ。そして、名指揮者ブルーノ・ワルター「ナポレオンは死んだが、ベートーヴェンは生きている」という言葉を残した*1
 もう一つ特筆するとしたら、第1楽章codaのトランペットである。以下の図を見ていただきたい。

(A)
(B)

 指揮者によって(A)と(B)のどちらかで演奏される。当初は(A)の方だったが、当時トランペットは(B)のような高音は吹けないとされ、トランペットは第1楽章第1主題の途中で墜落してしまう。ニコラウス・アーノンクールはトランペットの脱落を「英雄の失墜(死)」を表すと主張している。この点について、以下の演奏については、どちらの演奏かもちろん示すつもりである。
 なお、この第1楽章codaの論争(?)は、リヒャルト・シュトラウス交響詩英雄の生涯第1版第2版の相違にも同様のことが言えるのではないだろうか。
 私見においては、(A)の場合は、第2楽章の葬送行進曲を想起させる、英雄の失態を示すニコラウス・アーノンクールと同様)。一方、(B)の場合は、英雄は最後まで英雄である、堂々たる英雄なのだ。個人的にはどちらでも良い。指揮者はどのように解釈して(A)または(B)を選択したのか、という解釈の推論をする方がよほど楽しい。
 第2楽章は一変して葬送行進曲。非常に暗く、荘厳な曲である。しかし、途中ハ長調になる部分があり(マジョーレ)、明るくなる部分が緊張感を和らげる。

 低弦楽器が、「ド・ソ・ラ・シ」が聴こえたら、マジョーレが開始。しかし、その後展開部において極めて荘厳なフガートが登場する



 軽く聴き流していたとしても、この箇所が聴こえると真剣を集中させて聴いてしまうベートーヴェンの荘厳さが十二分に発揮されている箇所といえよう。
 一方第3楽章は軽快な音楽であり、このスケルツォ交響曲第7番第3楽章、交響曲第9番第2楽章に引き継がれることになろう。
 中でも、このトリオにおけるホルンが非常に雄大で格好良い箇所である

 そして、第4楽章は変奏曲となっている。もっとも、第6変奏で一気に雰囲気が変わり、下記の第7変装はホルンが再び主役となる場面が登場する

 なぜだがホルンを起立させて演奏したくなる気がするのは私だけだろうか。
 さすが「英雄」とだけあって、英雄らしい非常に格好良い作品である。交響曲第3番がなければ、交響曲第5番交響曲第7番も交響曲第9番も誕生しなかったのだから、奇跡の交響曲ともいえよう。

ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調

概要

 ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調。ご存知の方も多いだろう。「運命」の愛称で知られているクラシック音楽中の中でも名曲である。実際に、三大交響曲として、ドヴォルザーク交響曲第9番新世界より」、シューベルト交響曲第8(7)番「未完成」、そして、ベートーヴェン交響曲第5番である。
 実際に交響曲において「5」という数字は、今後の作曲家に大きな影響を与えた。交響曲作曲家として5番目の交響曲を作曲するときは相当熱を入れたようだ。実際に「交響曲第5番」で人気の作品を書いた作曲家を考えてみよう。
 ベートーヴェンブルックナーマーラーショスタコーヴィチ。実際に、ベートーヴェンピアノ協奏曲第5番「皇帝」も非常に人気である。また、ベートーヴェン交響曲の中でも最も緻密に設計された作品であり、その主題展開の技法や「暗から明へ」というドラマティックな楽曲構成は後世の作曲家に模範とされた。ブラームス交響曲第1番が同様に「暗から明へ」という構造になっている。そして、同じハ短調であることも注目されよう。
 そして、ベートーヴェン交響曲第5番は聴き比べにも非常に参考になる曲である。もっとも有名な第1楽章提示部第1主題がメインとなる。速く指揮する指揮者もいれば、1音1音しっかりと鳴らす指揮者もいる。同じ曲でも指揮者が異なれば全く違う、これがクラシック音楽の醍醐味といえよう
 
 上記画像は再現部に入る少し前からの楽譜であるが、ここはものすごい迫力であり、第1楽章の中でももっとも緊迫感のある瞬間だろう
 
 私が第1楽章の中でもっとも好きな再現部第2主題。。暗→明という構成を取る中、明るさへ若干顔を覗かせるハ長調の第2主題はたまらない。
 第2楽章において、私は2回目の第2主題(78小節目以降)の方が好きなのである。

弦楽器が32部音符になっており、より一層華々しく活発的になるのである
 
 そして、98小節以降のヴィオラとチェロの流れるような旋律がある。32部音符ながら滑らかに奏でられる旋律は第2楽章の中でもっとも美しく甘美な音色が楽しめる場面といえよう。
 第3楽章はトリオの以下の場面がある。
 
 チェロとコントラバスによって奏でられるトリオは「象のダンス」ベルリオーズが呼んだ。ハ短調ハ長調へと第4楽章に向けた前兆とも解釈されよう。
 第4楽章は、「ドーミーソー」と非常に単純な旋律だが、大変華々しく最終を飾るにもっとも相応しい。

 私が第4楽章中でもっとも好きな場面は以下の部分。

 第4楽章336〜337小節の弦楽器がトゥッティで「ソドソミーレドソー」と奏でる場面があるのだが、私が第4楽章の中でもっとも好きな箇所なのである。たったの1〜2秒しかないのに、ベートーヴェンの力強さと弦楽器の美しさ重厚さが兼ね備えられた場面なのである。素早く演奏するのもよし、ゆっくりとしたテンポで演奏するのもし。あらゆる奏法によってもこの1小節はベートーヴェンらしさを存分に発揮する場面でもある。
 そして、ベートーヴェン交響曲として唯一フェルマータで終えるのもこの第5番のみである。もっとも、交響曲第3番第4楽章の最終音をどれだけ伸ばして演奏するか否かによっても種類があるが、第5番ほど長く伸ばして演奏はされない。

ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調

概要

 ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調「第九」の名称で広く知られているクラシック音楽の数ある中で傑作といえる作品である。
 個人的に数ある交響曲の中で、ベートーヴェン交響曲第9番が最高傑作であると認識している。作曲当時、交響曲の中で合唱が組み込まれている作品は画期的であっただろう。このような音楽作品を「合唱交響曲と称する。ちなみに、初めて「合唱交響曲という用語を使用したエクトル・ベルリオーズだといわれている*10
 その後、合唱交響曲を作曲したものとして…

 以上が挙げられよう。もちろん他にもたくさんある。合唱が伴うとオーケストラも大きくなり、合唱も組み込まれ非常にダイナミックで迫力のある音楽が期待される。そのため、合唱が伴う作品はそのような醍醐味があるため、その日のコンサートで合唱交響曲を扱うとなるとその日は非常に楽しみで満ち溢れている。
 さて、この時期にベートーヴェン交響曲第9番ニ短調の記事を書いたとして、年末といえば第九だからである。実際に日本の各地のオーケストラがこの第九を演奏するのである。しかし、年末に第九を演奏するのは日本だけというのも驚きである。
 そして、ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調の逸話として以下の逸話が残されている。

 「参加者の証言によると、第九の初演はリハーサル不足(2回の完全なリハーサルしかなかった)であり、かなり不完全だったという示唆がある。ソプラノソロのゾンタークは18歳、アルトソロのウンガーは21歳という若さに加え、男声ソロ2名は初演直前に変更になってしまい(バリトンソロのザイペルトが譜面を受け取ったのは、初演3日前とされる)、ソロパートはかなりの不安を抱えたまま、初演を迎えている。さらに、総練習の回数が2回と少なく、管楽器のエキストラまで揃ったのが初演前日とスケジュール上ギリギリであったこと、演奏者にはアマチュアが多く加わっていたこと(長年の戦争でプロの演奏家は人手不足だった。例えば初演の企画段階でも「ウィーンにはコンサート・ピアニストが居ない」と語られている)、加えて合奏の脱落や崩壊を防ぐためピアノが参加して合奏をリードしていた。
 一方で、初演は大成功を収めた。『テアター・ツァイトゥング』紙に「大衆は音楽の英雄を最高の敬意と同情をもって受け取り、彼の素晴らしく巨大な作品に最も熱心に耳を傾け、歓喜に満ちた拍手を送り、しばしばセクションの間、そしてセクションの最後には何度も繰り返した」という評論家の記載がある 。ベートーヴェンは当時既に聴力を失っていたため、ウムラウフが正指揮者として、ベートーヴェンは各楽章のテンポを指示する役目で指揮台に上がった。ベートーヴェン自身は初演は失敗だったと思い、演奏後も聴衆の方を向くことができず、また拍手も聞こえなかったため、聴衆の喝采に気がつかなかった。見かねたアルト歌手のカロリーネ・ウンガーがベートーヴェンの手を取って聴衆の方を向かせ、初めて拍手を見ることができた、という逸話がある。観衆が熱狂し、アンコールでは2度も第2楽章が演奏され、3度目のアンコールを行おうとして兵に止められたという話が残っている。」 (下線部筆者)

 この逸話には少々否定的な見解も存在するが、耳の聴こえないベートーヴェンが聴衆の方を向いた時に拍手を見ることができた部分は実に感慨深いものがある。当時、交響曲等の作品の初演は作曲者による指揮で行うというものが慣例だった。

*1:宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』(講談社、1989年)25頁

*2:宇野功芳クラシック音楽の名曲・名盤』(講談社現代新書、1989年)25頁

*3:宇野功芳ほか『クラシックCDの名盤』(文春新書、1999年)101頁〔宇野〕

*4:前掲注3・101頁〔福島〕

*5:前掲注3・101頁〔中野〕

*6:前掲注2・28頁

*7:前掲注3・107頁〔宇野〕

*8:前掲注3・106頁〔福島〕

*9:前掲注3・108頁〔中野〕尚、本誌はEMIレーベルのもの。

*10:合唱交響曲 - Wikipedia

*11:作品35。「前奏曲 嬰ハ短調」作品3-2ではない。

*12:前掲注2・40頁

*13:前掲注3・117頁〔宇野〕

*14:前掲注3・106頁〔福島〕

*15:前掲注3・116頁〔中野〕

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